命からがら影の世界から逃げ出して、夜の森で月が照らす泉の水鏡に自分を映してみたあの日。
それまで手で触ったりしてたから自分の顔がどんな風に変わったかなんて薄々勘づいてたけど、でも長いこと胸が詰まったみたいに重かった。
私はこの子供みたいな非力な体にちいさい手足で影の世界を取り戻さなくちゃいけない。
気に入らない、本当に気に入らない。
って口にできたらどんなにいいか。
この喪服を着て毎日椅子にかけちゃ鬱陶しい顔してるのがこの国の姫さんだなんて。
ザントに迫られた時民の為にと剣を捨てた。
でも結果はどうだった?
その大事な臣民は自分達が魂だけの存在になったなんて知りもせずに城の地下で、城下町で、痛々しくゆらめいてるだけになって。見ててぞっとする。
それで自分はのうのうと-のうのうと、ってあえて言うけど-幽閉の身。随分優雅じゃないか。
「…獣、ですか?」
姫さんは私が言ったことを反駁した。
そもそも私と姫さんが知り合ったのもちょっとした偶然。私が影の国の皆のように言葉は失われてなかったのが幸いだった。
「そう、できればでかくて、威厳があって、従順なのがいい」
「…そのような獣は知りませんが…何をするつもりです?ミドナ」
「さーてね?」
見張りの奴が来る定刻になったので私は退散することにした。
そのついでに城内をあちこち忍んで回って、とうとうザントがハイラルで唯一攻め残していた南の地方に侵攻するって魔物らが話してるのを耳にしたんだ。
「…この方が…あなたの探していた?」
「思ってたのとちょっと違うけど…まあそんなもんかな?」
姫さんは私が連れてきたしょぼくれた狼にそっと触れた。
「…あなたが捕らえられていたのですね。ごめんなさい」
ちょっと目を伏せてから首を傾げる。
「名前は何と?」
「おい、お前の名前は何かって姫さんが聞いてるぞ?耳の穴はちゃんと開いてるんだろ?」
私は狼を小突いた。私もそいつの名前なんて聞いてなかったから。
しぶしぶ、って感じでやっと狼は答えた。まったくとろくさいったらない。
リンク
「リンクだってさ」
そう言った時に姫さんの唇が、笑うみたいに軽く緩んだ理由はその時はわからなかった。