某所にてネタないよーないよーと50回位連呼した挙げ句(その節はうざくてすいません)頂いたネタ、「ED後影の世界に行った時狼になっちゃったリンク」。例によって俺達の戦いはこれからだエンドですがオリキャラが出張る話はあんまり好きじゃないのでこの辺でご容赦下さいまし。ひょっとしてこれ愛の手企画の方が良かったすかでも中途半端だしなあ
姫様がそんなことをと侍従達が止めたのを振り切り訪れた裏庭で、ミドナは外套を脱ぎ捨てると腰布を適当な高さにたくし上げひとつにまとめて縛った。
井戸から水を汲み上げると桶を傾け、情け容赦なく足元で座る狼の頭上に注ぐ。
厚い毛皮は注がれる水を吸い込み、やがて飽和した水は茶色く濁って狼の四肢の下に大きな水たまりを作った。
冷たい!
狼は抗議の声をあげた。
「地下の深いところから汲んでるんだから冷たいのは当然だ。丁度いいから頭も冷やせ」
ミドナは言い放つと次から次へと水を汲んでは狼の頭のてっぺんから注いだ。
「マスターソードの護りもなしにこの世界に来たりしたらこうなるってわかってたんだろ?」
…
「よく来たなんて褒めてやらないぞ?危険を知ってるのに備えもしないで突っ込んで来るのは馬鹿って言うんだ」
…でもマスターソードは僕が持ってていいものじゃないと思ったんだ
「本っ当ーに馬鹿だよな。前はただのお人好しだったけどそれに馬鹿が加わって処置無しだ」
…あんまり人のことを馬鹿馬鹿って
がらん、と桶を投げ捨てる音に冷たい水と言葉に当てられていつの間にか俯いていた狼ははっと顔を上げた。
ミドナの細い腕がぎゅうと狼の首に絡んだ。服が濡れ泥がはねて汚れるのもお構いなしに腕に力を込めると顔を狼の鼻面に寄せてくる。
「…本当にさ…何考えてんだよ…こんなことして馬鹿なんだから…」
己の周りをふわりと漂う懐かしくて恋しい匂いに塩っ気が増えたのを嗅いで取ると、狼は鼻先でミドナの頬をつついた。
…ねえミドナ、元気にしてた?
ミドナは頷いた。
「…まあ、そこそこな」
己が光の世界へ赴いて得た資質の中にはひょっとして忍耐強さもあるのかもしれないと、目の前の人間が喋っていることを右耳から左耳へ聞き流しながらミドナはぼんやりと考えた。
出来る限り大人しく毎日を送っているつもりなのにそれでも何かと理由をつけて己を呼びつけるこの男が言うことはたとえ表現を微妙に変えてもいつもいつも同じだった。
以前なら強く賢しい君よと称えられた己の父、つまりザントの魔手に倒された先代の王の庇護の元こんな人間の相手はせずに済んでいたのに今はそれを止める者の一人もいない。
実力的には父とほぼ互角であったとかいうこの男が即位し損ねたのは、実はこういう説教にすら滲み出る独創性のなさとかあまりのくどさとかそういうのが原因なんだろうと勝手に結論を出したところでミドナは現実に引き戻された。
「…聞いているのかミドナ?」
痩せた男はいらいらと指先で机を叩いた。
「はい、聞いております」
最初のうちは何とかやり込めようとあれこれ口答えしたが最近は諦めてしまって己の言葉もいつもと同じだ。
「年上の者を敬えと。王女であることを自覚して身を慎めと」
この位の反抗はせずにいられない、軽く肩をすくめる。
「…それと今日は早くに婿を定めよとおっしゃいましたか」
男の顔はみるみるうちに赤くなった。
「…そのようなことは言っていない!」
ああもういい加減面倒だ。不毛な舌戦の繰り返しになってもいっそのことここらで徹底的にやり合った方がすっきりするのかもしれない。
腹を括るとミドナは息を深く吸い込み、かけていた椅子から立ち上がった。
「…叔父上、」
言いかけたところで部屋の外で侍女の悲鳴が響いた。次いで数名の人間が何事かを大声で言い合うのが聞こえ、先程までの静寂が嘘のように喧しくなった。
…男と目を見合わす。
「…何事だ?」
「見てきましょう」
いいさ渡りに船だ。ミドナはそのまま踵を返した。
「…まだ話は済んでおらんぞ!?」
怒鳴り声をよそに背後で扉が閉まってしまうとやれやれと吐息をついた。だがそれもほんの一瞬、さっさと気持ちを切り替えるとミドナは先程聞こえた喧噪から、それ程遠くないと思しき騒ぎのする方へと足を向けていた。
「…何だ、何があった?」
その騒ぎの元は後にした執務室より部屋を三つ隔て角を曲がった廊下だった。侍従や侍女が人垣を作り、その真中で何事かが起こっているようだと、そう見えた。
ミドナを認めた侍女は軽く目礼した。
「外から獣が入って来たんです姫様。皆で追い出そうとしているのですが動こうとしなくて」
「獣か」
大きな宮殿であるし全ての窓や戸に番人を立てる訳にはいかない。たまにはそんなこともある。
人垣をのけると、獣が首に何本も縄をかけられてあちらにこちらに引っ張られているのに四肢を突っ張って床に頑と伏せているのが目に入った。
その獣によくよく見覚えがあるような気がして、ミドナは目をしばたいた。
獣の瞳はこの世界では稀な澄んだ青い色だった。己が以前旅した光の世界の空の色だ。そして額には何かの呪符のような紋様があり、左前脚には咎人が嵌められるような鉄の足輪とそれに繋がる千切れた鎖があり。
「…お前」
思わず漏れた声に、縄に引きずられまいと力一杯伏せていた狼は己の方を向いた。
「…リンク!?」
侍従達に制止されたが構わずに伏せた狼の前に膝を折ると狼は鼻を鳴らし、床が掃除できそうな勢いで尻尾を振った。以前を思い出し反射的に念話をぶつければ、流れ込んできたのは懐かしい感覚だった。
…ごめん、できれば騒ぎは起こしたくなかったんだけど…噛むつもりなんてないんだって言ってくれないかな
妙に落ち着き払った言い方にふっと、不条理な怒りがこみあがる。
「…どうして」
狼は目を細めた。
ミドナに会いたくてずっと旅してきたんだ。随分かかったけど
目の前に座る姫君に遠慮して縄が緩んだのを見て取ると狼は首を一振りした。縄の結われた輪がばらばらと床に落ちる。
「…姫様…?」
侍従の一人がおそるおそる、といった感じで口を開いた。
ミドナは己を取り巻く人垣に向かって言い渡した。
「…ああ。これは大人しい獣なんだ。噛んだりはしない。私が」
狼と視線を合わす。
「私が飼う。それでいいだろ」
人垣がざわめいた。
「困ります、そのような薄汚いものをここに置いては」
言われて、ミドナは狼をまじまじと見下ろした。リンク本人の身体が狼の姿に反映しているのか何なのか毛皮は艶を失ってばさばさで、あまけに穴でも掘ってこの宮殿に入って来たのか両前脚は泥だらけだ。
「じゃあ綺麗ならいいんだな?」
立ち上がると、ミドナは狼についてこいと促した。