冗談ED後話・ミドナとリンク編

 

 影の世界の宮殿の執務室は柔らかい黄昏色の光に満ちていた。
 「というわけで来てみたんだけど」
 リンクはミドナにハイラルの紋章が封蝋に押されている親書を差し出した。
 ミドナはそれを無造作に取り去ると中身に目を走らせた。
 「…ふーん、『今度食事でもご一緒に』だって」
 脳裏に一瞬、女の子が二人差し向かいで白いご飯を手にカボチャの煮付けをうふうふ笑いながら食べている光景が浮かんだが慌てて振り払った。
 「…それだけ?」
 「何が?」
 「僕は半日エポナに揺られてハイラル城に行ってゼルダ様からこれを受け取ってそれからまたエポナに乗って大砲で吹っ飛ばされてやっとここに来たのに内容はそれだけ?そんな女の子同士の文通だったらポストマン使えばいいのに」
 「いや一応政治的な話も書いてある」
 脱力するリンクにまあ落ち着けと身振りで示し、親書を机の上に指で弾くとミドナはぽんぽんと手を打った。
 ややあって、体の色が二色に分かれた輪郭が酷く曖昧な人間がそよそよそよと茶器を携えて現れるとみゃみゃーと声を発しお茶を注いでくれた。
 「…あの?」
 リンクはおそるおそる声をかけた。
 「ああ言葉はまだ喋れないけどこっちの言うことはちゃんと通じてるから」
 ミドナは平然と妙ちくりんな形のカップを取り上げお茶の香りを楽しんだ。リンクもそれに倣う。
 「…いただきます」
 みゃみゃみゃーとよく分かんない声をまた発するとその白黒人間はそよそよそよと執務室から出ていった。
 「あんなので毎日不自由しない?」
 「私も一応リンクの世界で言うところの魔法使いのはしくれだからな、不自由だったら狼のリンクと話してた時みたいな念話が使える」
 「はしくれなの?」
 「強調するな」
 持ってきた人間とカップの形は何だかシュールだったがお茶の味は案外まともだった。話したいことは沢山あったような気がしたが本人を目の前にすると言葉は自分の中で沈黙したままで、多分ミドナもそれは同じで、しばし無言の心地よい時間が流れた。
 「…返事を書いて渡すからちょっと休んで行けよリンク?他に連絡の手段がないからって伝書鳩みたいなことさせて悪いんだけど」
 リンクは首を振った。
 カップを傾けるミドナの顔には疲労の色が濃く落ちているようだった。それに比べたら気楽な自分なんて。
 「忙しそうだね」
 「ザントが主だった家臣は皆殺しにしたから政の何から何まで私の所に諮るようになっててな、それでも最近は少し落ち着いたけど帰ってきた直後は目が回る位だったぞ」
 「…そういえばザントって元々どんな奴だった?」
 ふっと思い出す。影の宮殿の玉座の間で斬り交わした時のことを。
 「まあそこそこ有能な家臣だったんだけど私に懸想したもんで父上が生涯歴史編纂室付きにしちゃってさ、それで朝から晩まで書類を整理しちゃ綴じる仕事に回されたから逆恨みしたんだ」
 「影の世界に朝とか晩とかあるの?」
 「突っ込むところはそこか?」
 ミドナはカップを皿に戻した。
 「…まあ見てろよ。光の世界の住人がこっちに来られるようになったら驚くように立派に復興してみせるさ、私が」
 そう言って笑うミドナはとても明るくて、美しくて。
 それを見られただけでも影の世界に来た甲斐はあったんじゃないかと思えた。

 体に気をつけて。
 そう言って帰っていったリンクを思って、ミドナは彼が土産だと持ってきたトアルカボチャをぎゅーした。
 「…リンク…」
 ちょっと見ない間にすっかり子供っぽさが抜けていっちょ前のええ男になりかけのリンクの姿を思い出して乙女心全開。
 でもその腕に抱いてるのはカボチャ。

 光の世界の住人がこっちに来られるようになったら
 影の世界のゲートの真ん前に立ち、ミドナの言葉を思い出してリンクはひとりごちた。
 せめてそれまでにもう少し背が伸びてくれたら。

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