刺水人と癒し手の女の子の話

 どさん、という重いものを放り出したような音が館の裏手側でしたので、私は思わず母さまの顔を見た。
 母さまの顔にはいつもの諦めと呆れとが半分づつ混ざって浮かんでいて、私と母さまの見立てが一致してるのがわかった。
 「やれやれまたなの?ごめんなさいね様子を見てきてちょうだい」
 日が一番高いところから少し傾いた位の刻限で、この館が一番忙しくなるのは大概町の人たちが一晩騒ぎ明かした後に我に返る朝方だからそこから一息ついてお客様も少なく暇だった。ただ母さまは常連のお客様の施術の最中(施術を受けるついでにとりとめもない世間話をしてゆくのが大好きな人だ)だったので私に声がかかったのだ。
 「はい母さま」
 私は立ち上がると館の裏手の扉に向かった。

 よその町に行くとこの町はならず者が集まる怖い町だと言われるのよと以前同じ館で働く人に言われたことがあるけど私はこの町が好きだ。
 町の中がごちゃごちゃしていて汚いとか、往来を行く人が荒々しいとか、それより何より町全体が貧しいのだとかその人は言ったけれど私はそもそもこの町以外の町を知らなかったからいつも館の窓から覗く風景や人が全てで、それだけで他を知りようもない私にとっては他の町と比べてとかなんとかはどうでもいいことだった。
 ただその彼女の言葉をああ本当のことなんだと思うことがあるとすれば、その時みたいなことが稀ではない間隔で起こるときだった。
 町の外をうろつくばけもの達を狩る人は二種類いて、一つは水術を操り主にその業によって狩りを行う水術士、もう一つは自分の腕っ節だけを頼りにする刺水人だ。そしてこの町は荒くれの刺水人のたまり場だと、そう言われているのらしい。
 刺水人にも色々な人がいて、落ちぶれてしまうと例えばばけものではなく人間相手に追剥のようなことを仕掛けて癒し手にかかれるだけの最低限のお金を残し、襲った相手を館に捨ててゆく。そういう人は後は頼んだからなと連れ込まれることもあればもっと雑に館の裏手にごみのように置いて行かれることもある。そしてそういう音がするときは大体後者の場合だった。
 母さまはとても現実的な考え方をしたので、代金を支払うならばその人はお客様だという姿勢でちょっと遠慮したいような風体になり果てている運び込まれた人たちをお断りすることはなかったし追剥に落ちぶれた刺水人までを非難したりすることはなかった。だからこの町でずっと癒し手の館の長という立場に収まっていたのかもしれない。母さまは町の人たちからは実際一目置かれていて館に盗人が入ることは絶対になく、そういう遠慮は館に身を置く癒し手にもされていた。

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