廃品回収・その6(日記に書いた細切れネタ)

 頭からかけられた湯が黄土色に濁って流れ落ちるのが夜目にはっきりとわかった。
 「ほらやっぱり」
 言われなくたってわかってるけどできればこういうのは一人でやりたかったんだけどな。
 リンクの指が私の髪をわしわしとかき回しては遠慮も何も無しに手桶で頭から湯を浴びせる。

 ゲルド砂漠からの帰り道、ハイラルへ直行する予定だった。
 陰りの鏡がかけらと化してあちこちに散ってるって話を賢者達から聞かされたら取る行動なんて一つしかない。かけらを集めて鏡を元に戻す、それだけだ。
 けれども処刑場から出てリンクと私と互いの顔を見てみたら砂だの汗だのでかなりとんでもないことになってるのに改めて気がついたような次第。
 幸い真夜中のカカリコ村の温泉は湯治客なんていないし私が影から出てきたって騒ぎにはならないけど洗ってあげるよってそれ完璧に私のこと女だと思ってないだろリンク。

 かけ流される湯がやっと透明になったあたりで湯責めは終わった。
 私は顔だけ拭うとリンクに形ばかりありがとうと言ってから湯船に逃げた。
 冷え冷えとした夜の空気もこんこんと湧いてくる湯も砂と乾燥の世界とはまるで反対で体の芯から癒されてくのがわかる。
 リンクも湯をかなり豪快に使って砂を流し落とすと湯船に体を沈めた。

 「…いて」
 少しうとうとしたのかもしれない、私はそのリンクの声でふっと気がついた。
 「…何か言ったかリンク?」
 湯煙のむこうからリンクが答える。
 「別に?ちょっと鼻歌が出ただけ」
 「鼻歌?」
 「あーさかーらばーんまではーたらいてはたらいてーって」
 ばしゃんと水音がした。
 「何だよその辛気くさいの」
 「村で女の人が機を織るときに歌ってたのを思い出してさ。影の世界って歌はないの?」
 私は言い返した。
 「馬鹿にしてるな?歌位ある」
 「じゃあ歌って」
 それっきり、リンクの方はしんと静かになった。
 …待ってるのか?
 …歌わないといけないのか?
 仕方なく、私は口を開いた。影の世界で一番簡単な歌。

 「ミドナって」
 リンクの声が響いた。
 「もしかして歌うの苦手?」
 「…悪かったな」

リンクは両手に湯を掬い取った。
 まさか影の世界に来てまでこういう恩恵にあずかれるのは不思議な気分だった。
 ミドナに言わせればこの世界で貴重な水をふんだんに使ったこういう湯船に浸かれるのは身分が高いものの特権だということだけれど、それにしても広々とした湯殿となみなみと満たされた程良く熱い湯、そして平和な静けさ。自分が今どこにいるのかさえ忘れてしまいそうだ。
 体を存分に温めると手を湯船の縁にかけた。そんな話を聞かされたのだし長風呂もできない。
 「…もう上がるのか?」
 え?
 湯煙の向こうにによくよく見慣れた姿が浮かぶ。流石に布一枚巻きつけているけれどそんなものでは魅惑的な体の線は誤魔化しようもなく。
 「…みみみミドナ?」
 手足を湯船の縁にかけた姿勢のままで固まった。構わずミドナは間近に歩み寄る。
 「前によく一緒に温泉に入ったりしたじゃないか」
 それは小鬼の姿の時。
 「それで髪洗って貰ったりしたしさ」
 だから、それって小鬼の姿の時。
 「今度は私がリンクを洗ってやるよ」
 胸の膨らみが布の下の肌の色諸共分かる至近距離まで近寄るとミドナは腕をさしのべた。
 その顔が赤いのは熱気のせいだろうかそれとも他の理由でだろうか。

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