鏡を一緒に探してくれって言ったら頷いて、それで影の世界に一緒に行ってくれないかって言ったら頷いて。どうして迷ったり躊躇ったりしないんだよ?
リンクが風化して脆くなってる石畳の上から砂地の上に足を下ろした途端、その足はみるみるうちに埋もれていった。
もう慣れてしまったから下手に動いちゃいけないって分かってて、それで私が呼ばれることになる。これで一体何度目だ?
「ごめんミドナ、頼むよ」
私がリンクの前に出てくると胸までもう砂に浸かってた。もがいても埋もれるのが早くなるだけだからって、棒みたいに突っ立った姿勢のままで沈んでゆくのがなんだか間抜けて見える。
私はリンクの身体を宙に持ち上げるとしっかりとした足場のあるところに下ろした。
「…口の中がじゃりじゃりする」
「私もだ」
体中に積もった砂をどうにかするなんて諦めたけど、それでもリンクは革の長靴を脱いで中に詰まった呆れるほど大量の砂を捨てて(これは捨てないと重くて仕方がない)、背中のマスターソードを下ろした。退魔の剣も砂にまみれて形無しだ。
「ちょっとこっちを綺麗にするから…待ってもらっていいかな」
柄と鞘の間にも細かい砂は入り込んでいざというときに抜きづらくなったりする。私はぼんやりとリンクが手入れを始めるのを見守った。
それにしても気が滅入る場所だった。人が訪れない閉ざされた場所になってどの位経つのか、澱んで息苦しくなる空気にそこかしこに感じられるあやしの怨霊の気配に。
「ミドナ」
「ん?」
「何か話してくれる?ここでじっとして黙ってると恐いような気がして」
狼の姿じゃなくてもリンクは時々変に勘が鋭い。
「…何か、ねえ」
聞きたいことならあった。
私がリンクに頼んで、リンクが頷いて。
リンクはもう引き受けてくれたことだからしつこく聞いたって仕方がないのはわかってる。だけどこの気持ちは私につきまとって離れない…砂漠に入った時からずっと。
「リンクって勇者なんだよな?」
「そう言われたよね。あんまり実感はないけど」
「…それで精霊の奴に偉そうに上から色々言われてはいそうですかってあちこちかけずり回って酷い目に遭って、嫌だとか思わないのか?」
よくわかってるさ、「酷い目」の大半の原因は私だって。それでこんな聞き方をする私も狡い奴なんだ。
ちょっとの間があった。砂を払うぱたぱたって音だけが聞こえてくる。
「僕はこんなことになるまで村を出たことなかったけど、出たらハイラルはいいところだと思ったし、いい人ばっかりだし、好きだなって思ったよ。村も勿論好きだし。好きなものを助けたり救おうとしたりするのは当然だし人に言われた肩書きとかは関係ないんじゃないのかな」
…きっとこういう素直さ(愚直って言い換えてもいい)がリンクが指名を受けた理由なんだろうな。人を好いて世界を好いて、それだけの理由で自分の身を投げ出すことを厭わない、疑問にも思わない。こういう資質が備わってるから勇者なのか勇者だからこういう資質を備えてるのかは分からないことだけどさ。
鞘を逆さにすると軽く振った。仕上がったみたいだ。
リンクは私の方を見ると砂だらけの顔で笑って、青い瞳が緩んだ。
「ミドナの顔真っ白」
「誰かさんを砂から引き上げたからだよ」
そうだよねってまた笑って私の顔についた砂を払う。
リンクはマスターソードを背負い直した。私もまた影の中に収る為歩き出すリンクの後を追った。
振り返りもせずにぽんと言葉を投げてくる。
「…そうだ、僕ミドナのことも好きだよ?」
「はあ?」
「色々気にしてくれるしミドナは優しいから」
…突き詰めて聞いてみたいけどもうこれ以上はもう墓穴じゃないかと思えて、黙って影の中に引っ込む他なかった。