●本当はちょっこり明るいえろすも追及するつもりだったんですケド●
煉獄島で閉じ込められた。
「しかしまー閉じ込められたのが地下の涼しい場所で良かったよなー」
顎の辺りをさすりながらククールはぽつりと呟いた。
「なんでー?地上の方がまだ良くない?開放感があるよ」
べちょっと地面に伏せていたギデオンが顔を上げた。
「ここも結構狭い場所だからアレだけどさ、地上のお日さんが当たる場所だと汗かくだろ?日が経つと臭いって」
「そういえば」
言いながら、ギデオンはバンダナを解いた。
もわん。
なんとも言えない臭気がたちこめる。
「兄貴のそれはつけっぱなしでガスからねー」
鼻をほじっていたヤンガスが毛皮の上着を脱ぐ。
むわ。
長年醸成された結果と思われる汗と獣皮の混ざった臭いがふわふわ漂う。
「俺ら最後に風呂入ったのいつだっけ」
ククールはブーツを脱いだ。
どよん。
酸っぱいような、饐えた臭いが皆の鼻腔を刺激する。
「さあ?」
あははと笑う男三人の頬に顎にばっちり髭が伸びてたりするのであった。
あー信じらんない信じらんないコイツら。
三人を横目で見つつ、ゼシカは思いついて上着の襟刳りの部分をこっそり自分の鼻に当てた。
くっさい。
●某月某日某所チャットで頂いたネタ●
海風が一年中吹き付ける小高い岬にその館はある。
その日は私が訪れるのは半年振り位だったろうか。
「いらっしゃいませ、マダム。お久しゅうございます」
そう言われ、外套を預けてホールに足を踏み入れると、以前とほぼ変わらない顔ぶれが私を迎えた。
チェスに興じているのはダニエルにマース。
椅子にかけて高々と足を組み、詩集を開いているのはジュリアン。
煙管を手にしているのはティム。
猫と戯れているのはウォルター。
皆私の方を見るとにこりと笑いかけてくる。誰も一度は私と褥を共にしたことがあるのだから、そしてこの館も私の口添えがなければ一瞬でお取り潰しになってもおかしくないのだから、当たり前といえば当たり前だ。
私は緞帳の影に居た彼に声をかけた。黒髪をぴったりと撫でつけた、青い服を着ている緑色の瞳の青年。
「マルチェロ、久方ぶりだな。どうだ?」
青年は私に視線をくれて首を振る。彼は館の中にあってただ一人「客を断る」という特権を与えられた男娼で、そのルールは私にも適用されていた。つまり気が向かなければ私でもお相手は願えないということだ。
私は肩をすくめた。ならば仕方がない。
気まずさを感じたのか、支配人が私の横についと寄ってきて耳元に口を寄せる。
「マダム、実は今日入りたてのとっておきがおります」
そういって顎をしゃくった先、丁度岬を見下ろす位置にある窓辺に彼は立っていた。
まだ子供っぽさが残る顔立ちの少年。
肩を過ぎる位の長さの銀色の髪はまとめもせず垂らしたまま、一応は体に合うものを選んだのだろうが赤い服を着た姿は痩せているせいか全体に「服を着る」というより「服に着られている」ようで、背の高さのせいかズボンの丈は足りないようだ。
それらのお陰で新入りにありがちな、垢抜けず、野暮ったい-という印象を受けそうなものなのに、全て彼の顔によって打ち消しになる。おそらく彼が今ここにいる理由もそれなのだ。
空の瞳の上に髪と同じ色の柳眉。
すっと通った鼻筋。
形良く整った唇。
まだ子供じみた感じは抜けないが彼は少年と青年の端境に居て、あと数年もすればそこらの娘達が彼との褥を巡って争うような、そういう青年に脱皮するのは間違いないだろう。
それに私を見る瞳に、他の者のような無意識の媚が含まれていないのも新鮮で気に入った。
私は頷いた。支配人が合図をすると、少年が私の前にやってくる。
「名前は?」
少年は私の手を取ると不器用に口付けた。
「ククールと申します、マダム」
私はククールを誘い、勝手を知った館の一部屋に足を向けた。
●世界が夜だけで出来ていればいいのに●
夜半を過ぎたのに外は雪明りでぼんやりと明るい。
「…これ」
ゼシカの指がククールの傷跡の一つを指差した。
「聖堂騎士団に入団した直後にやった真剣の手合わせでやられた」
「じゃあこれ」
「修道院に侵入した盗賊団の討伐しに行って、その時。…いいけどさ、これ以上下は恥ずかしいんだけど俺も」
頬を染めて、ゼシカの指が止まる。
彼女の指には銀色の指輪が光っていた。ククールの指にもそれと対の指輪。
オークニスの宿の一室。
ゼシカの母に許しをなんとか貰い、「まだあなた達に家の仕事を任せるほど老けてません」とゼシカの実家を追い出されて(よくよく考えるとちょっと二人きりの生活を楽しんでこいということだったのだけど)二人はオークニスに居た。
言い出したのはククールだった。「寒い所だから酒が美味いし一日中部屋に篭っていちゃいちゃしてたって不審に思われないから」と言い切り、その言葉に少しも違えず、暖炉が燃えさかる温かい部屋でククールは片手をグラスに、片手をゼシカの腰にという毎日を満喫していた。
「…でも、騎士団の人って一応治癒の呪文が使えるんでしょう?なのにどうしてこんなに跡ばっかり残ってるの?」
ゼシカは尋ねた。赤い波打つ髪が彼女の裸の肩や、胸に流れているのをククールは一瞬、ほれぼれと見つめた。
元々可愛い娘ではあったがここ最近はそれに新しい要素が加わったように思う。以前は時折、奇妙に張り詰めたものを彼女から感じていたのだが、それから解き放たれて自由になったような明るさと美しさが今の彼女にはある。それにどうやら彼女自身は気がついていないようだけど。
ククールの視線に気がつくとゼシカは布団をかき寄せた。
「…剣を振ることはそれによって人を傷つけることだ、故にその痛みは己の体をもって知らねばならぬ、とかご大層なこと言ってた奴が居たけど、要するに俺の傷の手当ては後回しにされてたんだよ。嫌われてたし」
「手当てが遅れたら跡も残る…」
「そう。その割に顔と首は綺麗だろ?よくわかってるよな」
「…え?」
ククールはゼシカの体を引き寄せた。指で彼女の首や、耳や、鎖骨をゆっくり辿る。
「俺の顔目当てでお祈りを捧げて欲しいって言って寄進してくる金持ちが沢山居たから大事な商品に傷がついてたら困るってこと。寝ることもあったけど体の傷なんて暗くしておけばわかんねえしもし見られても苦労してるのねって同情されちゃってまたお呼びがかかる」
「…そんな」
ゼシカは顔を暗くした。ククールは笑うと、彼女の瞼に口付けた。
「別に辛くなんかないぜ?もう昔のことなんだしこの顔のお陰で色々楽できたこともあったから」
「昔は辛かった?」
「…ちょっとだけ、な。でも今の俺はここにゼシカと居るってだけで充分だ」
ゆっくり、ゆっくりククールの手がゼシカの腰に回って自分より何より大切だと思える存在を抱きしめる。ゼシカもククールの背に腕を伸ばすと、彼の唇を受け入れた。
夜はこれから。