背中の上から聞こえる息の音がいっそう弱くなったような気がした。
先刻ゴロンに突き飛ばされたとき獣の身ながらできるだけの受身を取ったけれどそれが彼女の受ける衝撃を果たして和らげてくれたかどうか。
嫌な予感に首筋の毛がぞわりと逆立つ。
そう、初めて出会ったときはなんて高飛車な奴だと思った。
どうしてこんな奴を背中に乗せて旅しなきゃいけないんだと思った。
けれど旅の日々を重ねるうち薄々わかったことは彼女はあんな憎まれ口を叩いたり横柄な態度を取ってはいるけれどその殻の下には至極人らしい、自分が対峙し打ち倒している影の魔物などとは似ても似つかないものが埋もれているようだということ。それを彼女はどういう理由でか素直に表に出そうとはしていなかった。
その彼女の人らしさのお陰で、おそらく自分は狼の姿ででも命を繋いだ。あの瞬間だけじゃない、トワイライトの世界に放り出された時からずっと。
だから、今自分はここにいる。
だから、彼女は仲間だ。
それを認めたら自分この気持ちを認めることにも、もう何もためらいはない。
自分の体が、自分の体を巡る熱い血が、自分の心が、ともかく自分を形どるもの全てが彼女という存在が消え去ることに否と叫んでいる。
死んじゃいけないミドナ
彼女に声をかけようとしても狼のくうくうという鳴き声にしかならないのがもどかしい。早くゼルダのところへと言ったきり、彼女は伏せったままだ。
軒先から足を踏み出すと再び冷たい雨が全身を濡らした。
ポータルから下りるといつの間にか晴天が広がっていた。
「…リンク急ごう、森の聖域に」
わずかに頷き、狼は数歩足を進めるとその歩みが止まった。
「どうした?」
脇腹が痛い
狼は鼻に皺を寄せて低く唸る。
「脇腹?」
ミドナは手で狼の両脇を探った。密生した毛の下のごつごつとした手触り…だが違和感がある。
「…バカ、あばらをやってたのかリンク!?」
「ほら、これでどうだ」
ミドナは両の掌を柄杓代わりに、狼の脇腹に泉の水を何度も流しかけた。
うん、なんとか大丈夫かな、これで
「あばらなんていつ折ってたんだよ?」
それには答えず、狼は水辺から退くと大きく身震いした。水滴が四方八方に飛び散る。とっさに身はかわせず、水滴はミドナの全身に降りかかった。
「わっぷ!こら!」
その声も無視すると、狼は暖かい砂地の上を選んでくるりと丸くなった。
「…こら、何してるんだ!」
わかってる。ゼルダ様のことも気になるし…でもごめん、少しだけ
ミドナが狼の背を叩きにかかると、狼は既に寝息をたてていた。
(ああそうか)
湖底の神殿からこちら、この青年は不眠不休で-そして多分、自分をゼルダの元に連れてゆくときもそんな調子だったのだ。それを口に出さないほどお人好しだということをすっかり忘れていた。
「少しだけだからな」
その声が耳に届いたのか狼は一度、ぱたんと尻尾を振った。