恋に落ちてく10のお題・その視界に入りたい

 

 考えてることをそのままの言葉にしないとか、色々なことを気にしたりとか。優しいけどそれを分かりやすい形で表に出せてないんだ。それにそういう優しさだって悪いことじゃないって、ミドナと一緒にいたら思えるんだけど。

 さっきまですりばち状の砂丘の真中で陣取っていた竜の頭蓋骨がゆっくり宙に浮かんだと思うと音もなく僕らの目の前から遠ざかってゆく。
 周囲を見渡してみると一番上が砂煙に霞んでよく見えない高い円柱(そうだあのてっぺんから落とされたんだ)とそのぐるりを囲む壁。壁と円柱に螺旋状に刻まれたスピナーのレール。
 「ミドナ、行ってみよう」
 「リンク?」
 「スピナーであの竜まで近寄ってスピナーごと体当たりしてみたら」
 レールが這う壁を見上げてミドナは目をしばたいた。
 「無茶苦茶するなあ?」
 「他に手があると思う?」
 にっとミドナは笑った。これ以上心強いものもない笑い方で。
 「…それじゃリンクが落ちたらワタシが受け止めてやるからさ。存分にやれよ」
 僕はスピナーをレールにはめた。歯車同志がかみ合う耳障りな音が響いた。
 「信じてるよ」

 この砂漠に入った時にミドナが大昔にハイラルから追われた一族の末裔だってことは教えてくれた。ハイリア湖で出くわした(そして先刻も姿を現した)男がザントという者で影の世界とこの光の世界を手中に収めようと、これまでの不思議な色々を巻き起こしたってこともわかった。
 だけどミドナは何者で、どんな事情でザントを追ってるんだろう?
 そのことをミドナは全然口に出さない。僕も言い出せない。これに関する限り重い空気の壁がミドナを取り巻いてるみたいだ。
 それで構わないと思ってる僕がいる。
 あんななりでもミドナの中身はまるっきりの人らしい人で、あの時自分のことも顧みないで僕のことを案じてくれた。それで充分。ミドナは僕の仲間だし僕はミドナのことが好きだ。だから言いたくないことがあるならそれはそれでいいし、僕はきっと待てる。待つのもすっかり平気になった。
 ミドナと一緒に行くことにそれ以上の理由なんてない。そしてそれは僕が「勇者」として求められてる行動とそんなにずれてないような気がする。
 「いいかあいつのぎりぎりまで寄ってから飛び出すんだ」
 スピナーがどんどん加速してゆくその上で僕の足元の影が囁く。
 既に物凄い風切り音と振動で声が届くのか分からないけど僕は応えようとした。
 「舌噛むから下手に喋るなよ?それより前に集中しろ」
 スピナーは螺旋のレールを辿って上へ上へと僕を運ぶ。そして遙か前方の壁に異様な影が映ったと思う間もなく竜の頭蓋骨は目の前に姿を現した。
 「ほら今だ!」
 竜の顎門が間近に迫った瞬間、その声に押されてスピナーもろとも突っ込んだ。
 鈍い衝撃と一緒に脚がスピナーからふわりと浮いて、目の前が一回転した。落ちた?スピナーから?下の砂はどれだけ積もってるんだろう?
 けれど体をこわばらせて数瞬の後、脚がしっかり砂地を踏む感覚があって僕はいつの間にか閉じてしまっていた目を見開いた。
 「だから受け止めてやるって言ったろ?」
 「…ミドナ!?」
 「影は落ちるものより早く地に届くからな」
 ミドナは悪戯っぽく笑ってスピナーを砂の上に放り出すと、円柱と壁の間を指した。頭蓋骨は砂地の上にその姿を横たえていた。
 僕はスピナーを拾い上げた。
 「行こう」
 そうだこれが僕のやり方だ。ゼルダ様のように特別な力もないしミドナのような魔法の力もないけれど、これが誰かの為に、何かの為に、唯一僕にできることだから。

 ミドナが拗ねたように割れた鏡の台座に座りっぱなしになって随分な時間が経ったような気がした。
 僕はミドナにかける言葉を知らない。
 ミドナは喋らない。
 …僕はどうしたらいい?
 …そうだこれが僕に唯一できることだ。先へ進む。誰かの為に。
 砂を散々食べて粘っこく乾いた口をやっと開けた。
 「…ミドナ、」
 ふっと、魔物とはまるで違う何かが現れ周りを取り囲む気配があった。
 ミドナも勘づいたのか顔を上げた。
 「影に邪悪なる魔が宿り闇となる…」
 「…運命に導かれ神に選ばれし紋章を持つ者よ」

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