スカウォ・その2

 リンクはごろりと草原の上に身を横たえた。
 目に映るのは雲が切れ切れに浮かぶ晴天。頬を撫でるのは穏やかな風。
 「…はぁ」
 なのにどんよりとした溜息が出てくる程気持は晴れない。
 天望の神殿では既に去った後だった。
 大地の神殿では所在の名残を告げられただけだった。
 今度こそ、やっと、と、思った時の神殿ではほんの数瞬、彼女が慌しく誰かと連れ立ち逃げ去ってゆくのを目撃して終わってしまった。竪琴一つと引き換えに。
 拳を握り締めた腕を真っ直ぐに中空に突き出すと掌を開き、また閉じる。その仕草は雲を掴もうとするようにも見えた。
 そう雲海は遠くから見れば白いもくもくとした塊だけど、いざ鳥と共に突っ込むとそこにあるのは白く湿った霧だけで手にすることはできない。なんだかゼルダを追うのもそれに似た行為と思われて、そのやるせなさが溜息と化して胸を突いたのだ。
 「賜った女神の曲に詳しそうな人物を捜索致しましょうマスター」
 剣からしゅうっと精霊が浮かぶと言った。
 「はいはいはーい承知してますー。行けばいいんでしょ行けば」
 精霊だけあって人の感傷とかにはてんでおかまいなしらしい。諦めるとよっこらせと上半身を起こした。そこで何とはなしにひらひらしたファイの服の端を掴む。…ちょっとぎょっとして疑問が口を突いて出た。 「そういえばさファイ」
 「何でしょうマスター」
 「…ええと、前にファイの体はここにはなくて、僕が見てるのはファイの幻影だか何だかって言ってたよね」
 「はい一週間と二時間十五分前に類似の解説を致しました」
 「でも今僕ファイの服を掴んでて、触ってる感じがちゃんとあるんだけど」
 スカイロフトの人間が着るざっくりした繊維の普段着でもなくゼルダが織ったケープ(こちらは作るのに普段着より手間がかかるので特別な儀式等の時にしか作られない)のようなふんわりした手触りでもなく、何だかさらさらした布っぽいものが指先にはっきりと感じられた。
 ファイの姿がちょっと言葉に迷うようにそよいだ。
 「確かにファイの体が物質界に存在しないというのは先に申し上げた通りですがそれでは物質界に住まう者との意思疎通に齟齬が生じる場合がありますそこで思念波を語る相手と同調させ相手の感覚をある程度操作することも可能ですそれを成すにはまず相手の思念波パターンを読まねばならないわけですがこれには高度な」
 「わかった長い話はもういい。簡単に言ってよ頼むから」
 リンクは遮った。
 「つまりファイの体はここには存在しませんが物質界の物体と同じように『ある』ように感じることは可能です」 「ふーん。でも怪我とかはしないんだよね?」
 「致しません」
 「爆弾で吹っ飛ばされたりしても?」
 「物質界からはファイの体に干渉は不可能ですマスター。あえて言うなら以前申し上げたようにファイたちが物質界に顕現する際に必要となる強力な力を秘めたものを使えば可能でしょうが」
 「そうなんだ」
 ちょっと考えて、リンクは脇に置いた剣を取り上げた。鞘をはめたままの刀身をファイに向けると、その先をひらひらした服の裾にひっかけ持ち上げる。
 あっけなく裾はめくれた。 そこには、

 「賜った女神の曲に詳しそうな人物を捜索致しましょうマスター」
 唐突に頭上から降ってきた声に、リンクは慌てて目を見開いた。そのままの勢いで体を起こす。目に映るのは雲が切れ切れに浮かぶ晴天。頬を撫でるのは穏やかな風。スカイロフトだ。
 「…っえ?」
 「疲労の蓄積が認められます。聞き込みが済んだらご自身の部屋に戻られ休息を取ることを推奨しますマスター」  目の前に浮かぶ剣の精霊はいつもの様子で言った。
 頭に浮かんだ何かのイメージは夢がいつもそうであるようにみるみるその姿が薄らいでゆく。
 …つい今さっきまでファイと話をしてて、何かを見たような気が。
 「…今僕とファイで何か話してなかったっけ?」
 「記憶にございませんが」
 ちょっとの間をおいてもう用は済んだかとでも言うように精霊は掻き消えた。…ただ消える間際、その仮面のような相貌が氷より冷たい光を放ったような気がして。
 リンクは身震い一つ、立ち上がると急いでスカイロフトの集落へ足を向けた。

※ファイの自称はファイでしたんで修正修正

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