恋に落ちてく10のお題・どうかこの手を取って ミドナ編

 

 リンクが結界に囲まれたハイラル城を見上げて唇を噛みしめていたことがある。
 「…何とかすることはできない?」
 結界は姫さんが私に力を注いで消えてしまった直後から出現したものだった。姫さんの力が宿った私にはその理由は言葉でなく肌の感覚で感じ取ることができた。
 姫さんは塔のてっぺんに幽閉されて毎日ただ閑居してたわけじゃない。姫さんが持つのは守護の力でそれはこの聖地と対を成している。その力はトワイライトに沈んだ後のハイラルをガノンドロフから守る為に向けられてたんだ。ザントは木っ端に過ぎず、ザントだけでは聖なる力に満ちたこの土地そのものを手に入れることなんてできなかった。
 けれど姫さんは私を助けた。死神に攫われそうな者を助けるなんて大層な術を駆使した為に聖地を守る力は均衡を失い、姫さんは聖地共々ガノンドロフの手に落ち、そして城は邪悪な結界に覆われてしまった。
 私は答えた。
 「…今のワタシじゃ無理だ。…もっと、力が要る」
 結界を壊す程の力。私が被ってる影の結晶石だけじゃ足りない。ザントに奪われた結晶石が取り戻せさえすれば、きっと。

 空は明るいのに降り出した雨がざあざあと石畳を打つ。
 正門から入って真っ直ぐの広場を通り抜け、いつの間にか門番の兵士が居なくなったのを幸いとリンクは城の正面に通じる門の閂を外した。
 見上げればハイラル城が邪悪な者の手に落ちてるなんて信じられない位の荘厳さでそびえ立っていて、けれど私たちの前には侵入者を阻む忌々しい透明な壁がはっきりとあり、かざしたリンクの手はどうしようもなく弾かれた。
 私は影から出るとリンクを後ろに下がらせた。
 「ワタシに任せろ」
 「ミドナ?」
 「結晶石一揃いの力、試してみよう」
 ザントに止めを刺した時に結晶石の力の一端はわかった。これならきっと、結界を壊す位は容易いはず。
 結晶石が組み上がり、不可思議な古代の神器の形になって私を取り囲んで、そして。
 物凄い勢いで何かが弾けた。
 私の中に止めどなく、流れ込んでくる力。その奔流は血の流れより熱く力強く私の顔を腕を体幹を脚を満たし、満たすだけでは飽き足らず新たな流入場所を求めて私の体の内から何本も新たな腕を伸ばしてまだ余りある力で槍をこさえ。
 …なんてこと。
 これは私の大嫌いな脚の沢山ある虫そのまんまじゃないか。
 今まで散々人を恨んで、利用してた醜い心が姿にも反映されてるのか?それにしたってあんまりだ。
 リンクもなんて間抜け面してこっち見てるんだよ。
 安心しろよこんなでもやることはちゃんとやるからさ。
 危ないから下がってろって。
 でもさ。
 でも。
 …もし元に戻れたら嫌わないでくれよ、私のこと。
 私は槍を握る腕を振りかざした。

 …遠くから誰かが呼んでる声がする。
 青い瞳と日の光の色の髪と優しげな顔と…何だリンクか。
 「…何だよ?」
 「良かった、気がついた?」
 「ああ?」
 ついさっきまで芥子粒みたいに小さいリンクを見下ろしてたのに、どうしてリンクの顔がこんな間近にあるんだろうと思って私は変に脱力感がつきまとう手足を動かしてみた。
 手を目の前に持ってくればそれはすっかり馴染みの、そしておさらばになったと思ってた小さい黒い手で、指を一本一本握りしめてみればそれらは難なく動いた。
 と、リンクは私の手を取った。ごつごつした大きい手に私の手がすっぽり隠れる。
 「驚いたよ。あんなことして結界壊すなんて」
 …そうだよどうしてリンクはあんなのに変化した私を平気な顔して抱き抱えてるんだ?
 リンクを見る…けど、リンクはいつもの通りだ。嫌悪も恐怖もまるまる隠せる鉄面皮じゃないのは私は良く知ってる。
 「…怖くないのか?」
 「何を?」
 「だって蜘蛛の化け物になったんだぞ?ちょっとは怖じ気づくとかしてみたらどうだ」
 リンクは軽く笑う。いつもの通りに。
 「そりゃ、あれがいきなり出てきたら怖かったかもしれないけどミドナが変身したのを見てたし…ミドナが僕に何かする訳ないと思ったから」
 「…」
 「それより気分悪いとかどこか痛いとかは?随分気を失ってたから心配した」
 気遣わしげに、リンクの手が私の頬に触れた。
 …ああ。
 いい奴だな、リンクって。
 お人好しで、お人好し過ぎて。ちょっとずれたところもあるけど。
 …なあ、
 大好きだよ。

 だから私はこれ以上リンクを、そして姫さんを巻き込むわけにはいかない。
 リンク、お前のその手を取るわけにはいかない。

 私はリンクを姫さんと一緒に城の外へ弾き飛ばした。

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