ハイラル城の執務室はうららかな日差しに満ちていた。
「まあ嬉しい」
重厚な造りの机の上にでんと置かれたオレンジ色の物体を見て、ゼルダはおっとりと言った。
彼女の目の前にはちょっと困った顔の少年が一人。
「私このトアルカボチャを」
上物の絹の手袋をはめたたおやかな手がどうにも無骨な形と重量感の物体を撫でる。
「カボチャを」
少年は無力感に襲われながら聞き返した。
「甘辛く煮て」
「煮て」
「白いご飯と一緒に頂くのが好きですの」
仮にも一国の姫君なんだからもう少しいいもの食べて下さい
とは言えなかった。
「…ゼルダ様」
何だか吐息が混ざっちゃうけど多分気のせいだ。
「何かしら」
「村の特産品をひいきにして頂くのはありがたいんですけど僕は八百屋のご用聞きじゃないんですからそんなことで呼びつけないで下さい」
「そういえばそろそろ今年の税率を決める時期だったかしら。トアル村のはどうしたら」
「ゼルダ様の為でしたらこのリンクいつでも馳せ参じます」
とっても棒読み。
ゼルダはにっこり笑った。
「今日あなたを呼んだのは何もカボチャの煮付けを食べたかったからだけではありません」
言うと、リンクに椅子にかけるように促した。
少年が腰を落ち着けるとゼルダは続けた。
「人材を捜しています」
「人材?」
「影の世界への道は確保できましたがまだこちら側には口うるさい者もおりますし影の世界には光の世界を良く思わない者もいるでしょう。ですのでいきなり交流を公に持つのではなくしばらくあちらとこちらとで連絡を密に取りながらその機会を量ろうと思うのです」
リンクは頷いた。
鏡を壊そうとするミドナをなんとか止めて彼女が影の世界に帰還してから月が何度か巡った。
ただし鏡の存在は重要機密扱い、そして鏡の間への出入りは当分ごくごく限られた人間にしか許可されないとゼルダから聞かされたのは旅が終わった直後のことだ。
かつての旅の仲間に会いたい気持ちは募るばかりだったけれど何ももう絶対に会えない訳ではないしと自分を納得させて村の穏やかな生活に戻ったのだが。
「その連絡員にあなたが適任ではないかと思ったのですよリンク」
「僕がですか」
「そう。あなたなら影の世界も全く知らない場所ではないでしょうしミドナの信頼もあります。それにあなたもザントが侵略を一番後回しにするような辺鄙な田舎でカボチャや山羊を相手にしてるより余程いいのではないかしら。一応はトライフォースを持ってる勇者でもありますし」
「さらっと酷いことを言われたような気がしますけどでもお受けします」
「そう言ってくれると思っていました」
少年が退出してしまうとゼルダは侍女を呼びカボチャを厨房に運ぶように言いつけた。
窓から差し込む日差しはそろそろ春が近いと告げていた。