ベルセルクその1

●これも愛●

 「はい、とゆーわけで今日はキャスカが好きな三人が集まって、どんなにキャスカのことが好きなのか語って貰うよ」
 リッケルトが明るく言い放った。
 ちなみに原作漫画の展開上、こんな話はあり得ないとか突っ込んではいけない。
 ジョッキ一杯のエールを飲み干すとやけに大きな音をたててテーブルに置き、ガッツはやっと口を開いた。酒の力を借りるとは、案外奥手な男なのかもしれなかった。
 「…俺はあいつの為なら100人の敵とでも斬りあえる」
 目が座っている。そんな彼を尻目に、ジュドーがナイフを小器用に操りながら言った。
 「俺は好きな人のことはいつも見てるからさ…色んなことに気がつくかな、色々と」
 意味深であったが突っ込む者はいなかった。ナイフが彼の指先で華麗に踊った後、テーブルに深々と突き刺さる。
 グリフィスは二人を前にして、笑いを口の端に浮かべた。あるものは恐ろしいと評し、あるものは神々しいとまで評して言うあの微笑みだ。
 「俺は…人間を辞められる」
 これも愛。

●それも愛●

 ガッツはキャスカを見下ろしていた。
 「一体どういう風の吹き回しだ、鬼のキャスカ姉御ともあろうものがこんなにヒラヒラさせちまって」
 「普段は動きやすいから男のナリをしているだけだ、別に男装趣味ってわけじゃない」
 頬を膨らませるキャスカ。しかしガッツはそんな彼女の姿から目を離すことができなかった。そう、普段肩を並べて剣を振っている、無骨な鎧に身を包んだ彼女とはえらい違いだ。
 白いドレスを纏った彼女は一言で言うと、筋肉、であった。

 いつもは鎧の下に隠されていたその肩は僧坊筋が火山の裾かと思えるほどにたくましく盛り上がっており、首の三角筋は年経た大木を思わせ、そして半分露出した大胸筋が二つ並ぶ様は巌を連想させた。上腕筋と上腕二頭筋がみちみちに張りつめた二の腕なんかはそこらの貴族の娘っ子の太腿くらいありそうである。
 「…おかしいか?やっぱり」
 ガッツの視線に気がつくと、キャスカはうなだれた。
 「んなことねえよ、結構イケてるぜ」
 それも愛。

●原作では『役不足』でしたが●

 ジュドーはガッツの耳を遠慮なく掴むと、囁いた。
 「一年前のあの日、あいつは受けた矢傷で三日三晩生死の境を彷徨ったんだ。そのときあいつはうなされながら何度も口にしていた…グリフィスと、お前のことをな」
 「!」
 ガッツは視線を泳がせた。丁度団員に指示を与えていたキャスカと視線がかちあい、また離れてゆく。
 「あいつは見かけよりかなり無理してる。…昔から何でもしょいこんじまう奴だったけど。俺達じゃ力不足だ、お前なんとかしろ」
 ひらひらと歩み去るジュドー。なんとかしろって、どうすればいいんですかジュドーさん。
 思わず自分の手をじっと見るガッツ。

 そして夜半。
 キャスカはガッツの前に立つと、言った。
 「…少し、顔貸せ」
 歩きだす彼女についてゆくガッツ。彼に向かって、キャスカは桶を投げつけた。
 「水が足りない。下の沢へ行って汲んでこい」
 何も言わず桶を抱えて沢へ下るガッツ。
 戻ってくると、キャスカは既にスコップを手に泥まみれになっていた。
 「その水を負傷者のテントへ持っていってやってくれ。そっちが済んだらテントを張るのを手伝え」
 黙々と手伝うガッツ。半刻ほどもすると、テントは仕上がった。
 額に浮かんだ玉のような汗を拭うと、キャスカは笑った。その掌に皮がずる剥けになった痕跡があるのを、ガッツは見逃さなかった。
 「どうもありがとう。ここのところ負傷者が多くて人手が足りなくて、野営するのにも一苦労なんだ。ピピンは力の加減知らなくて天幕裂いちゃうしジュドーは色男は力が無いとか言って逃げちゃって頼りにならなくてな」
 「なーに大したことないさ」
 力不足の意味が違うような気もするが、まあいいかと完結しちゃうガッツだった。

●どうやら彼女は一年の間にグラマーになったらしい伝説。痩せるときは普通胸からだが●

 背中越しに、重い、金属音がした。次いで衣擦れの音が耳をくすぐる。
 ガッツは焦りながらベルトに手をかけた。
 戦場に出てはや幾星霜、剣を振り回すことにかけては右に出る者はいないと自負のある彼だったが、女を振り回すことにかけてはとんとうとい時期が長く続いていた。
 しかしまー、いざというときあんまり女を待たせたり恥をかかせてはいかんということくらいはぼんやり知っている。
 ナウザタイムオブいざというとき男子の本懐、ここでいっちょ懐の広いところというか胸の広いところというかをキャスカに知らしめるべく、お兄さんの胸に飛び込んでおいでとかなんとか頭の中がぐるぐるするガッツだった。
 要するに緊張していた。
 やっとのことで振り返ると、キャスカが一糸まとわぬ姿で立ち尽くしていた。彼女の膚も髪もまるで夜の闇から生まれ出たように黒く美しく、そして儚げだった。
 「ガッツ」
 零れそうに潤んだ瞳を向ける彼女がいとおしくて力を込めて抱きしめる。また先刻のように死神に誘われたりしないように、彼女をちゃんと繋ぎ止められるように。
 彼女の柔らかな胸が触れた。脳裏に一瞬、昔見た彼女の肢体が浮かぶ。
 「…その、お前、太った?」
 「ぐらまーになったと言えバカバカバカ~!この一年、心労で痩せちゃったのに~!!」

 翌朝、野営地に戻ってきたガッツの姿はぼろ雑巾のようにずたずただったとかいう。

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