冗談ED後話・ミドナとゼルダとリンク編

ミドナは己の前に置かれた繊細な造りの白磁の皿に盛られた諸々を見て、腑に落ちない気分になった。
「…姫さん、これは?」
ゼルダはおっとりと言った。
「焼き菓子です」
「これは」
「プディングです」
「これは」
「マフィンです。…好き嫌いはなかったかしら?」
疑問は別に菓子の種類じゃなくてその菓子の全てが全てオレンジ色をしていることだったのだけれど、ゼルダの顔をちらと見てなんとなく怖くなったので言わないことにした。
「…いや。子供の頃から食べ物で好き嫌いを言うと叱られた」
「そうですか」
ゼルダが焼き菓子を手元の皿に取ったのに合わせて適当な一つを選ぶ。
日がとっぷり暮れたハイラル城の、王族しか知らないという抜け道を使って忍んで入った秘密の小部屋。滅多に使われない場所であると、己を迎えたゼルダは言った。
滅多に…とはいえ定期的に何らかの人の手は入れているらしい室内に埃っぽい様子は全くない。またその内装も決して粗末なものではなく、賓客を迎える為のもののような豪勢さだった。
そして外の通路へ通じる部屋にただ一つの扉はたった今現在信頼できる人間に外から固められている。
「…国の様子はいかがですか?」
楚々とした所作で手ずからカップに茶を注ぐと、ゼルダは勧めてきた。
「良くはないけど絶望的って程でもない」
カップを手に取ると自分の国では馴染みのない種類の芳香を吸い込む。
「丁度種蒔きの時期にあんなことになってしまったから耕作地の昨年一年分の収穫はまるまる無くなったんだ。国庫の備蓄から放出して食い繋がせたから餓死者は出さずに済んだけど」
このハイラルに比べたら影の国など全く脆いと、そう思わずにいられない。岩だらけの大地は決して多くない臣民が食べてゆくのに必要十分以上の作物は産せず、兵は組織されているものの長い間外敵の脅威に晒されることもなかった為実戦の経験も一度と無く、ほぼ飾りのようなものだ。
これまではそれで大過なく過ごしてきた。けれどたった一人の男の出現で滅茶苦茶になったのだ。
「何かの形で援助が必要でしょうか?」
気安い口調-けれどその真意はきっと正反対だ-でゼルダは言った。
「それは要らないし姫さんのとこの賢者がやったうっかりのせいで影の世界が被ったことへの謝罪も要らない。こっちも馬鹿を出してそっちに迷惑かけたからな」
言うが勝ちと、ゼルダが反論する様子もないのを見て言葉を継ぐ。
「私が影の国の王として光の国の王に求めたいのは影の国を認めることと影の国に攻め込まないことの二つだけだ」
「…つまり属国扱いはせず独立した国として扱い、不可侵条約を結べ、といったところですか」
頷くと、ゼルダの深い青い瞳を見つめ、ゼルダも己を見つめ-刹那、視線が複雑に絡み合った。
「私たちにだって誇りはあるんだ。それができないのなら」
カップを皿に戻す。
「私はもう一度陰りの鏡を壊す」
「では私はまた時のオカリナを吹きましょう。何度でも」
「…姫さん、あんたいい性格してるって人から言われないか?」
「ええとても」
ゼルダは微笑んだ。
ふっと、緊張が緩んだ。
「…咎人の子供は咎人でしょうかミドナ?その流刑の地に未来永劫止め置くべきだと」
「私はそう思わないけどそれを理由に言いがかりをつける奴はいくらでもいるだろう?今この状態で外から何かされたら国は滅ぶ。だからおとなしく引っ込んでようと思ったのに止めたのは姫さんじゃないか」
こじれる話かもしれない。
…ふと、扉の向こう、扉の前で陣取っている人間のことを思ってそちらに目をやる。
だがゼルダの口から発されたのは意外な言葉だった。
「その通りです。困難も伴うとは思いますがそれはこちらの問題ですから何とか調整しましょう」
「調整って、大丈夫なのか?」
即答されるとは思わなかった為、逆に聞き返す。
「まあ私の処も臣下は一枚岩とは言い難いのですが…」
もう少し近くにとゼルダは差し招いた。

抜け道を使い、城の敷地の外に出たところでリンクは立ち通しですっかり強張った体を伸びをしてほぐした。
東の空はやや明るくなり始めているがこれからまたミドナを鏡の間まで送らないといけない。影の世界の存在はまだ広く知らせるわけにゆかず、その為ポータルを使ったり(平和が訪れてからは例え夜間であっても王都方面への人の行き交いが多かった)人手が多くかかる目立つ方法で彼女を送迎することはできないというのがゼルダの命だった。
懐から馬蹄の形の陶器の笛を取り出し、吹き鳴らすとややあって蹄の音がした。
「ごめんな二人分で重いだろうけどまた頼む」
ミドナは駆け寄ってきたエポナの頸を軽く叩いた。その愛撫に馬は鼻を鳴らして応える。
鐙に脚をかけて鞍に腰を落ち着け、ミドナに手を貸して登らせるとエポナの腹を蹴って旋回させた。
「悪いけど大急ぎだ」
「じゃあ飛ばすから落ちないようにね」
ミドナの腕が己の腰にしっかり回ったのを感じると、強く蹴りを入れる。
たちまちのうちに景色は風の早さで後ろへ後ろへと遠ざかり始めた。
「…時間がかかったってことはゼルダ様との話は上手くいったの?」
己とこんな風に馬に二人乗りなんてしてるとはいえミドナは影の国の王で、また彼女がついさっきまで話をしていたのはハイラルの姫君で、要は国と国との話し合いとも言えるようなものだったから己に話せないことなんていくらでもあるだろうと承知はしていたので遠回しな聞き方になった。
「そう言えるかもな。わざわざ国を留守にした甲斐はあったかもしれないぞ」
「良かった」
己には到底手出しできない領域のことだけれどミドナが言うのならそうなのだろうと心から思い、口にした。
「なあリンク?」
腰に回る手に力が籠もった。
「何?」
「姫さんってカボチャ好きなのか?」
…果たしてミドナとゼルダの間でどんなやりとりがあったのか、それを思うとリンクは軽く目眩を覚えた。

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