ヘルシングその1

日記にぐちゃぐちゃ書き散らした小ネタ。

●2002年の日記に書いたあらいやだセラスうっかり編●

 「お前の肺を撃った。悪いが大口径の銃だ、長くは保たん。…どうする?」
 遠くなる意識の中、口から血の泡を吹き出しながら、セラスはやっとのことで言った。
 「…部屋のガスの元栓、締めてくるの忘れてました…」
 黒衣の吸血鬼は重々しく頷くと、セラスの上半身を抱き上げた。

 ウォルターは問うた。
 「何故彼女を吸血鬼に?アーカードともあろう男が何故にそんな柄にもないことを」
 「…あいつは表面上や見かけなんぞより随分と面白い女だ」

●2002年の日記に書いた女の子だって自衛しなくちゃね編●

 セラスは頭をぶんぶんと振った。
 「とにかく駄目、どーしても駄目、血なんて飲んじゃったら私の中で何かが決定的に終わっちゃう気がするんですってば!」
 成り行き的に吸血鬼になっちゃってからもう数ヶ月、人間の食事が彼女の栄養になっていないのは確かなようだ。蒼い目ばかりが大きく輝き、 月夜の下を歩く姿は透けるようでいささか頼りない。インテグラもウォルターも彼女は元気がないと言う。
 そんなことは主であるアーカードはとっくに承知していた。今の彼女は要するに「影が薄い」状態だ。放っておけば遅かれ早かれ、何かの拍 子に灰に帰さないとも限らない。が、当の下僕はどーしてもイエスとは言わないのだった。夜の眷属になった者が口にできるのは血液だけだと いう事実を頑なに拒む。
 「どーしても、イヤなんですっ」
 ぜいぜいと息を切らせて、セラスは何百回目かの「イヤ」を言った。
 主は下僕を見下ろした。
 「そんなにイヤだと言うのなら、代わりになるモノがないでもない」
 セラスはぱっと顔を輝かせた。
 「え、なんですかそれ?」
 アーカードがごにょごにょと耳打ちする。
 「あ、それ駄目なんですよ私。お腹こわしちゃうんです。結構雑菌が多いんですって」
 言うなり、セラスはあっという間に逃げ出した。

 …我が下僕って実は汚れてましたか?
 セラスの後ろ姿をぼんやり見送るアーカード。

●2004年の日記に書いたベルナドット追悼編●

 それは夜明けも近い頃。
 「はーいこれでおしまいでーす皆さんお疲れ様でしたー。ゆっくり休んで下さいね。また明後日よろしくおねがいします」
 セラスは隊列の前で訓練終了の挨拶をした。
 ベルナドット率いるワイルドギースの射撃訓練に指導教官として加わって二週間、教官というよりは何だかマスコットみたいな 扱いを皆から受けまくっているけれど、それでもこの挨拶はすっかり定着していた。
 隊列がばらけ、宿舎に向かって三々五々に散ってゆく。
 「よ、嬢ちゃんお疲れ」
 皆が去るのを見届けてからベルナドットはセラスの後姿に声をかけた。くるりと振り返り、青い瞳が彼を見上げる。
 「あ、はい。隊長もお疲れ様でした。毎日大変ですよね」
 敵の活動時間が夜間だという関係上、隊員は三交替の勤務になっているのだが隊長のベルナドットはそれほどのんびりとはして いられず、できる限り顔を出すようにしていた。
 「いや俺は帰ったら今日一日休みだし」
 「でもまた顔を出してくれるんでしょう?」
 ずぼらなポーズを取ってはいても部下の面倒は結構こまめに見ていることはすっかりばれてたりするんであった。まあそうでも しないと隊長なんて勤まらないのも事実ではあるが。
 「まーなー。それより嬢ちゃんもあんな奴らの相手するのは疲れるだろ」
 「そんなことないですよ。皆面白くって優しい人ばっかりだし」
 ベルナドットはその職業的観察眼で彼女の顔を見た。彼女が吸血鬼でありながら食事を、つまり血液を全然採っていない というのはインテグラやウォルター、そして主であるアーカードからもなんとなく聞いていたけれどそれは本当のようだ。
 視線に気がつくと、セラスは取り繕うように笑った。
 「あ、じゃあ私はインテグラ様に報告しないとなんで、これで」
 インテグラが目を覚ます時間まではまだかなりある筈なのに早足で踵を返し、ヘルシング本部へ向かって駆け出した彼女は唐突に転んだ。 慌てて駆け寄り、抱き起こすと、
 「嬢ちゃん!?」
 セラスは爆睡していた。空腹で気を失ってるのかも知らんが、その息はあくまで穏やかだった。
 …困った。ここは彼女を抱えてヘルシング本部に連れてゆくのが筋かもしれないけど、自分そんなにジェントルメーンじゃないし。 ああでも怖いんだよなアーカード。でも童顔だけど案外美味しそうだし。でもでも。
 嘆息してベルナドットは暢気に目を閉じているセラスの頬をつついた。と。
 ぷにぷに。
 …至福、であった。少年の頃、猫の肉球を触った記憶が蘇る。
 ぷにぷに。
 ぷにぷに。
 ぷにぷに。
 おおお。
 しばし時を忘れて、ベルナドットはセラスの頬をぷにぷにした。と、地獄の底から響くような声が。
 「…私の下僕に何をしている、人間」
 「あっアーカードの旦那ッ」
 有無を言わさず、ベルナドットは吸血鬼の腕をひっ掴むとセラスの頬へ導いた。
 ぷにぷにぷに。
 「夜も明けるのに二人揃って何をしている」
 「あっウォルターッ」
 ぷにぷにぷにぷに。

 セラスが眠りから覚めると、ベルナドットとアーカードとウォルターとインテグラが何故か自分の頬をつっついている情景が真っ先に 目に入ったとかいう。

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