おれぼく・その2

 ラボは定時で上がれたしテレビはつまんないし宿題は済んだし別室の奴に用事もないしでなんとはなしに二人揃って部屋に居るだけのそんな晩のこと。
 正剛の物言いが軽くて懐っこいのはいつものことだった。
 「イザン、イーザーン、いいもの見たくない?」
 正剛は背中越しに机に向かったままのイザンに声をかけた。
 そしてイザンの返答が素っ気無いのもいつものことだった。
 「いらない」
 「…あのさ、そやって否定から会話に入るのってどうかと思うけど俺」
 「またネットで拾った猫がかわいいとか犬がかわいいとかこれが笑えるとかそんなのなんだろ?そういうの興味ないからボク」
 正剛は懐くと決めた相手には全力で懐く方針らしく、それがうっとおしいイザンは適当にいなそうとするけれども上手くいかずに結局つきあうことになるという押したり引いたりは同じ部屋になってからずっと続いていた。
 「そんなんじゃないって、六歳の朝倉の写真。見たくないの?」
 「いらない」
 二度目の即答。
 「どうしてよ」
 「どうせお前が持ってるってことはお前の兄貴とか高柳とかと三点セットが一緒のだろうしすっごくいらないしそれ」
 「本っ当つくづくイザンて付き合い悪いよなー。こういう時は興味なくても見るフリだけでもするもんなのー。ほれ」
 言うなり正剛はイザンが座る椅子の背もたれを掴んで強引に半回転させた。
 「…双子?」
 仕方なしに正剛のデスクトップのモニターに目をやってイザンの口からぽろっと漏れたのはそんな単語だった。
 正剛の家の庭先なんだろう、強い日差しが感じられるような白い光の夏の写真がモニターいっぱいに映し出されていた。矮小性のひまわりが沢山植えられたプランターの前で薄い生地の軽い服を着た男の子供が三人、女の子供が一人。真中に写る二人は背丈も笑った顔も日焼け具合も瓜二つだけどその両脇のはにかんだような笑顔を浮かべる二人は明らかにその二人とは血縁じゃないとわかる。
 「あ、やっぱりそう思うんだ?この頃はよくそんなこと言われてたんだぜ?ちなみに左が俺で右が兄貴な。俺どっちか言ったら親父の方に似てるし兄貴はお袋の方に似てんの。体質とか」
 「そんなの写真で判るわけないだろ!?」
 至極真っ当な突っ込みを構わずスルーすると正剛は更に写真を指差した。
 「で左のさらさら髪で賢そうな顔してんのが高柳で右のが朝倉。朝倉はこの次の夏にはもうこっちにいなかった筈だし俺らと写真撮ったりもそんなに頻繁じゃなかったから結構貴重なんだけどどうよ」
 写真の中の晶乃は絆創膏を貼った膝小僧が見える丈のワンピース姿だった。髪は長くしていて二つの三つ編みに分けて縛ってて、兄弟というものは性別が違っても子供の頃は顔が似通うものなのか今より総一郎っぽい面影が濃いようだけどそれでも笑った頬や目元は今の晶乃そのままだ。
 「…で、そんなレアものの写真を何だってお前が持ち出して来てる訳?」
 「こないだ家に帰ったときにお袋に昔の写真一式バックアップ取っといてって渡されたから。 デジカメとかの写真でもプリントアウト取ってないのはメディアが飛んだら一瞬でおじゃんだし俺んとこのが一番容量でかいから作業しやすいからって。後でこれ朝倉に渡そうと思うけどイザンも欲しくない?」
 「くどい。お前らとセットのはいらない」
 「そっか」
 すげなく断られた正剛はデスクトップに向き直った。アイコンの一つをクリックして先の写真を呼び出して。
 「…何やってんだよ?」
 「ほら加工ソフトも精度いいしこうやって範囲指定で楽々朝倉のとこだけ切り抜き。それで適当にお好みの背景と合成しとけば」
 「…わかったもう切抜きとかしないでそのままこっちに寄越せ」
 イザンは自分の前髪をくしゃくしゃとかき回した。
 「え?」
 「そんな切抜きの仕方したら虫食いみたいで気持悪いから!それボクんとこ送っとけよありがたく貰ってやるからさ!」

というわけでラボでイザンが使ってるノートパソコンの壁紙には四人の写真が貼り付けてある。

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