凪+ゲイリン+槻賀多兄妹の話

 腕を出すように、と言われて言われた通りに差し出すと、その人は左の下腕にある細長い傷の跡を見つけて眉根を寄せた。
 「古い傷のセオリーだ」
 その人は皺が寄って節くれているけれどその外見とは正反対の優しくて丁寧な指で傷跡に触れた。
 「ナチュラルに出来たものではない、治ってから大分経つプロセス」
 そこで、その人は私の腕を放すとランプの明かりが届かない薄暗い天井を仰ぎ見た。
 何を言えば良いのか皆目検討もつかなかったので私も黙ったままだったのだけれど、やがて、その人は何かの気配に目を細めた。
 それは、私にもはっきりと見えた。次の瞬間目の前の空気が奇妙に歪むと、その人の前に背中に羽を生やした人間-人間と言い切るには気配が尋常なものではなかった-が現れたのだ。
 「帰ったかサンダルフォン」
 「はい」
 その者は軽くその人に会釈した。それから私の方を見て。
 「お言いつけの通り三里四方巡って参りましたがその近辺でこの年頃の子供が居なくなったとか攫われたとかいう話は皆無でしたゲイリン」
 「そうか、では良い。ご苦労なセオリーだった、戻れ」
 「御意」
 その者は煙のように掻き消えた。
 その人は更に何か考え事をしている様子だったけれど、やがて再び口を開いた。
 「…リリム」
 また、目の前の空気が歪んで-今度は背中に蝙蝠の羽を生やした女の人だった。
 「お呼びなのゲイリン?」
 その人は頷いた。
 「このガールはパパやママのことも、セルフ名前も、家のことも、何を尋ねても「ない」と答えるセオリーだ。少し探れぬか」
 「承知しました」
 その女の人は細い指を私の額に指し伸ばした。触れられていいものか判らなかったので体を退こうとすると、女の人はにこっと-それはそれは魅力的な笑顔で-笑った。
 「大丈夫よお嬢ちゃん、痛くなんてないから」
 冷たい指先が額に触れて、それはそんなに長い時間ではなかったけれど、やがて女の人は指を離して、それから困ったように言った。
 「…このお嬢ちゃんは嘘をついてたり知ってることをわざと言わないわけではないわゲイリン」
 「どういうセオリーか?」
 「その、パパとかママとか、自分の名前とか、そういうことを忘れちゃってるのよさっぱりと。忘れて自分の頭の中には見当たらないから「ない」と答えてるのね」
 「忘れる?」
 そんな筈がないだろう-とでも言いたそうな様子のその人を、女の人はまあまあと宥めた。
 「人には時々あるのよ、忘れたいと思ったことを本当に忘れちゃうの。それとも何か事故にでも遭って忘れるつもりじゃないのに忘れちゃったのか。いずれにせよそれ相応の理由があることなんだろうけど本当のことは今は心の深いところに沈んじゃってる。私が探れるのはほんの上っ面のことだけなんだからこれ以上は無理よ」
 「ふむ」
 その人は私をこの場所に連れてきてからずっと難しそうな顔をしていたけれど、女の人の言葉でもっと難しそうな顔になった。
 先程と同じように女の人の姿は消えてしまい、三度目にその人が口を開いて現れたのは昼間もほんの少しだけ喋った、小さくて羽を生やして絣の着物を着た姿だった。
 「もう遅い、凪の面倒を見てやるのを希望だハイピクシー」
 小さくて羽を生やした姿つまりその人がハイピクシーと呼んだ者は、私を違う部屋へと連れて行くと(自分じゃ小さくて押入れの開け閉てはできないものだから)布団を出して休むようにと言った。
 「…長かったもんね、疲れちゃったでしょ?」
 私が布団の中に潜り込むと枕にちょいと腰かけ、私の手のひらを二つ合わせた位の大きさなのにまるでお姉さんみたいな口ぶりで言った。
 「皆が話してるのをちょっと聞いてたの。えっとさ自分のことよくわかってないっての?心配しなくていいんだよゲイリンは凪のこと追っ払おうとして色々調べてたんじゃないから。ただ人間には人間の道理ってのがあるからね、その辺通さないとゲイリンが子供をかどわかした悪人ってことになっちゃうから、それはゲイリンも望むことじゃないからできることをしたんだよ」
 追い払う、はともかく道理がどうとかいう話はよくわからなかったのけれど、いつから始まったのかよく覚えてない森で寝起きする生活から、ちゃんとした天井がある家屋の中で布団を使って寝る、人らしい生活に戻れたのらしい安心感はそんなつまらないことどうだっていいやと囁いていた。
 「ゲイリンはあんまり喋る人じゃないしおっかない感じがするかもしれないけど中身は正反対だから大丈夫だよ、何年も一緒にいるあたしが保障してあげる。腕っこきのデビルサマナーでもあるしね」
 「…おじちゃんは昼間も言ってたけど、その、デビルサマナーって何?」
 その人は悪魔を使役して…と言っていた。私は「それになったらお友達はできるのか」と尋ねたけれど、「一本取られたセオリーだ」と返されたのは覚えている。
 「えっとね」
 ハイピクシーは思案顔の末、ゆっくりと言った。
 「あたし達みたいな人間じゃないモノを使って人間の役に立つことをする人…でいいのかな。うん、それでいいと思う。本当はもっと色々あるんだけど難しいことはこれからゲイリンに教えて貰ったらいいよ、凪」
 ハイピクシーは布団の端を引っ張ると、私の肩まで引き上げた。その赤い瞳が闇の中優しげにきらりと光った。
 「ねえもう寝よう?ゲイリンは朝が凄く早いから付合って早起きさせられる羽目になるよ?今晩はあたしがずっとついててあげるから、ね?」
 言われるまでもなく、瞼はどんどん重くなっていった。今晩は、あるいはこれからずっと一人じゃなくてもいいという嬉しさは胸をどきどきさせたけれどそれまでの寄る辺ない生活に案外、疲れ果てていたのかもしれない。

 ゲイリンと名乗る初老の、見事な長い総白髪の「おじちゃん」は私が神社裏の家で目覚めた翌朝には私を弟子と定めたのだから自分のことを「師匠」と呼ぶようにと、そう言ったけれどその実際はデビルサマナーとしての修行であるとかそういうことはあまり口にも行動にもしなかったし、私は私で自分が半端な人間で、この男性にとっては厄介者と紙一重なのではということを感じていたので出来る限り手に入れた今の自分の立場-屋根がある家があって、布団に寝られて、食事にも困ることがない-というのを何とか守ろうと家の中のことは率先してすることにした。
 もっとも、男やもめ暮らしが長いのかそれともこれまで娶ったこともなかったのか、小さな家の中は整理が行き届き男一人でも家事に不自由している風ではなかったけれどその仕事はあっさりと譲り渡され、「長引く風邪をひいているのでうつるといけないセオリーだ」と食器を絶対に分けることと各々のものは各々で洗うことを厳しく言われた以外は何事もなく過ぎ、やがて一月ほどになった。
 ハイピクシーと師匠の会話を聞いたのはある晩の随分更けてからのことだった。私は寝ていたのだけれど襖の隙間から射す光で目が覚め、どうやら二人はまだ寝付いておらず、話しているのはどうやら私のことらしいと気がついて思わず耳をそばだてた。
 「…凪のこと、このまんまデビルサマナーにしちゃうつもりなのゲイリン?」
 ハイピクシーの声は随分ともの思わしげだった。
 「どういう意図でそのようなことを聞くセオリーかハイピクシーよ」
 「んー、ほら、一月一緒に暮らしてみたけどいい子だなーって。あたしみたいなのをまるで人扱いしてくれるんだよ?何度も違うって言ってるもん、サマナーと悪魔の関係は主人と従者なんだよって。それ以上にはなれないんだよって。なのにね。だからあたしもあの子のこと世話焼きしたくなっちゃう」
 ふふ、と、笑ったような気配がした。
 「優しいんだよ?ただそういう子ってサマナー向きって言えないんじゃないかな?あたし達みたいなのはまだかわいいけどさ、サマナーってゲイリン位になったらもっとおっかなくってタチの悪いお方達も相手にするでしょう?そんなことが凪にできるのかって思ったらね」
 「しかし凪の資質はこれ以上はないと言う位サマナー向けのセオリー」
 「資質って」
 「人は通常、習い覚えるプロセスを経なければ異界の存在を見ることも聞くこともできないセオリー。それで人の九割はサマナーを目指す道のスタートにも立つことはできぬ。残り一割の五分は異界の者を実際目にして冷静なハートを保つことができぬ。凪は何もせぬうちから異界の者共が見え、その者らと話しても怖気ずくこともない肝の据わったガールだ。これ以上の資質は無いセオリーぞ」
 「そうなのかもしれないけどさ、もしもよ」
 それからハイピクシーは言い淀んで、ちょっと間が空いた。
 「…ゲイリンにもしものことがあって、それでサマナーも向いてなくて、なんてことがあったら凪はどうなるんだろうって思ったの。ちっちゃい頃から悪魔とばっかり付合ってたからそれで人間と上手くいきませんなんてことになったら。勿論凪一人位だったらあたしが養っちゃうつもりだけどね」
 「…過ぎた予測のカテゴリーは歓迎せぬセオリーだがその気遣いは感謝しよう、もう戻るプロセスだ」
 「…真面目な話をしてたつもりよあたし」
 それから私は眠ることができなかった。ハイピクシーは私のことをサマナーには向いてないのではと言い、師匠は私はサマナーに向いているという。二人、言っていることは正反対だけれどこの一月師匠からそれらしいことを教えられなかったのはハイピクシーの言葉を裏打ちすることにはならないのか。だとしたらまた以前の生活に戻る可能性もあるのか。
 それでもいつもと変わらず朝は来て、寝床を出てゆけば既にぴしりと服を調えた師匠の姿があり、変わらない朝の挨拶があって、ただその日の朝は今日はどこそこへ出るから留守を頼むとか、あるいは今日は用も無いから少しは何かの話もしてやろうとか、そういうことを告げられる代わりに師匠はこう言った。
 「今日は共に村へ出てみるか凪よ」
 変な話だけれど自分の本当の名前や、パパやママのこともわからないのに「人の里は怖い」「目の色が違うことはいじめられること」という思い込みは洗っても落ちない染みのように私を離れていなかった。だからそれまで一緒に村(この家のある地域一帯を槻賀多村というのだと師匠は言った)に行くかと尋ねられても一度として頷いたことはなかったのだ。
 だからその日も私は首を振った。
 「…嫌です、いじめられます」
 師匠は苦笑いした。
 「そう言い始めてもう一月のセオリーになる。村の皆にはこのゲイリンが弟子を取ったプロセスだと告げてある。ゆくゆくはサマナーとなりこの村周辺の守護を担う可能性のカテゴリーだとも。そろそろ顔を出した方が賢明と思えるが」
 「でも」
 「正直な話をすると凪」
 師匠はこれで話はお終いだ、とでもいう風に言い切った。
 「このゲイリンの名前で弟子を預かるからにはあまり汚い格好をさせておくわけにもゆかぬセオリーなのでな。何なり相応しいものを仕立てるプロセスだからついて来るを希望だ」
 言われて、私は思わずワンピースの裾を掴んだ。勿論洗ってはいたけれど森で師匠と出会った時から、そのもっと前から着たきりだったそれはところどころ擦り切れてそろそろほつれかけていた。

 子供の足には結構長く思える道程を歩き、長い石の階段が印象的な村に着いて会う人会う人に師匠は短く私のことを紹介した。以前言っていた弟子として引き取った遠縁(多分方便なんだろう)のガールだと。
 その度私も頭を下げたけれど、帰ってきた反応は大体同じようなものだった。まず私を頭の一番上から見て、次に視線は私の瞳辺りで数瞬止まり、それから慌てたように目を逸らす。そしてかなりおざなりな「ああこの子なんかい」とかいうような言葉がもごもごと口から出てそして足早に去ってゆく。
 「…あまり他の地域と交流がない分、村のピープルは初見の者には容易にハートは開かぬプロセスだが」
 何人目かが私と師匠の前をそそくさと去ってゆくと、師匠は私の頭の上に軽く手を置いた。
 「それが昔からのこの村の処世術のセオリー。腹を立てるべきではないのだ。待てば道も開けよう」
 私にしてみればその反応は不思議と馴染みがあるものだったので心が挫けるというよりは「またか」という感想しか抱かなかったけれど、とにかく師匠はそう言った。
 それから師匠は私を村の大通り、石の階段脇にある一軒の店へ連れて入った。商いをしている分先程まで会った大人達よりまだ愛想がある店の主人に師匠が説明すると、主人は巻尺を持ってきて私の体の一通りの寸法を測り、腰が高いとか足が長いとか言った後仕立て上がるのには時間を頂くと告げ、師匠はそれで結構だと頷いたのだった。
 石階段を上った大きな火の見櫓のある広場まで戻ると、師匠は私に言った。
 「自分はこれから盟主の秋次郎殿と約束があるセオリー。いずれか秋次郎殿にも紹介しようが今日はここで待機のプロセスだ、凪」
 「…はい」
 気乗りはしなかった。今日の今来たばかりの知らない場所で一人で待つのは怖かったので。
 師匠は私の顔を一瞥すると、ハイピクシーを呼び出した。小さな姿が中空にふわりと浮いて小首を傾げる。
 「はぁいお呼び?」
 「自分が秋次郎殿と会う間、凪と共に待機のプロセスだ」
 「了解しましたぁ」
 師匠が石階段を上ってゆくのを二人で見送り、姿が完全に視界から消えてしまうと、ハイピクシーは内緒の打ち明け話をするようにこそっと言った。
 「ゲイリンね、早いとここっちに凪を連れて来れないかなって、女の子にみっともない格好させとくもんじゃないしって結構やきもきしてたんだよ」
 「師匠が?」
 師匠が私に言ったこととハイピクシーの言ったことに表現の違いはあるけれど、私よりずっと長いこと一緒にいるのらしいハイピクシーの言葉にはなんとなく説得力があって、師匠の一端に触れた気がした。
 「直接言ってたわけじゃないけどねー、なんかわかるの。凪は人が沢山居るとこって久し振りなんでしょ?どうだった?」
 「よくわかんない」
 「そっか」
 私達はそのまま、石段の上から広がる村の風景を眺めていた。ハイピクシーはここは温泉があるから季節によっては湯治の客がやって来るのだと話した。ただ最近はそういうお客は少ないから村の偉い人は色々大変みたいなんだよとも。
 言われれば仕立て屋に入った時も両隣の店は開けている風ではなかったしその季節が外れているにしても目の前の村の大通りの人の往来は疎らすぎた。
 「…それにしても時間がかかるね、ゲイリン」
 お喋りが途切れた頃、ハイピクシーはぽつりと言った。いつの間にか地に落ちる火の見櫓の影はここで待てと師匠と別れた時から随分短くなっていた。
 「秋次郎さんの屋敷ってあたし知ってる。少し様子を見に行ってみようか?凪」
 頷いて、早速私より先に飛び去ったハイピクシーを追いかけようと駆け出し-私は何かにぶつかった。
 「…いってえ!」
 「ご、ごめんなさい!?」
 謝って頭を下げ、自分がぶつかったのが男の子で、雰囲気で多分この村の子供だとわかった。
 「…なんじゃお前は、湯治の客の子か?」
 不躾な位の遠慮の無さで私を品定めするように見る。
 「…違う」
 「おう、どうしたんじゃ小政?」
 火の見櫓の裏手からもう一人、年恰好が似た感じの男の子が現れた。小政と呼ばれた方が大きな声で答える。
 「こいつがな、俺にぶつかって来よった」
 「本当か」
 「それより見てみぃ、こいつの目ぇ…」
 私の方をちらちらと見ながら囁き交わす二人を前に嫌な予感がして身構えた。これから何が始まるのか、どうなるのか知らないのに私はよく知っている。
 それでも逃げる場所があり、庇ってくれる人間がいないわけじゃない心強さでハイピクシーの飛んでいった方向へ隙を突いて駆けてゆこうとすると今度は丁度その真ん前に三人目の男の子が現れて立ち塞がる形になった。
 「…何じゃい、何があったよ小政に末治?」
 三人目の男の子は他の二人に声をかけた。

 とうとう男の子達が私の瞳の色のことで、私の母親がさぞかし…とかいう話でげらげら笑いながら挑発し始めたのに及んで、私がついて来ないのに気がついて戻ってきたハイピクシーは私の服を引っ張った。
 「何意地張ってるのよ凪ったらぁ!こんな悪ガキ蹴っ飛ばして逃げちゃったらいいんだってば!」
 「でも」
 私は知らないのによく知っている。どんな不条理な言葉をかけられて、手を上げられても自分から手出しすると戻ってくるのはその倍の、倍の倍の仕返しで、しかも子供同士の喧嘩という話には止まらない。涙はあざけりを呼ぶ。だから私にできるのはせいぜい言い返すか泣かないことだけだと。
 「面白いの、こいつは何を言うても泣きよらん」
 末治という名の男の子が言った。
 「…もういい?」
 「何じゃと?」
 「…私はここで、師匠を待ってないといけないの。だからそろそろあっちに行って」
 男の子達の表情ががらっと変わった。
 「やっと口ぃ開いたと思たらあっち行け、かぁ?」
 「生意気じゃ!」
 次の瞬間、私はかなりの強さで突き飛ばされていた。
 「あーもう、だから言わんこっちゃないって!あたしが追っ払う!」
 ハイピクシーが私の擦り剥けた膝を見ると叫んだ。
 「ちょっと待ってそれは」
 「待ったなーし!」
 知り合ってほんのわずかだけどこのハイピクシーがかなり厄介な惑わしの呪いを使うということもまた知っていたので私は慌ててハイピクシーの体を引っ掴もうとして、その混乱は横っ面を引っ叩くような怒号で破られた。
 「…何しとぉかお前ぁら!?」
 私も、男の子達も、一斉にその声の主の方を向いた。…私より五六歳は年上だろう巻き髪の男の子。隣にそっくりの巻き髪の、私と同い年位の女の子を連れている。
 「何じゃ弾か」
 小政と呼ばれる男の子がまるで悪びれもせず言った。
 「面白ぇぞ、こいつどこから来よったかは知らんが何を言うても泣きよらんし挙句の果てにあっち行けぇと」
 「ほれ、見ぃやこの目の色。混血の子じゃて」
 弾と呼ばれた子は私のほうには目もくれず、男の子達をねめつけた。
 「はーん、そんなんが面白いんかお前ぁらは。そんじゃよ」
 自分のかなりくせの強い巻き髪を一掴みしてみせる。
 「その子の目の色が違うんがおかしいんならぁ、俺のこの髪も、茜のこの髪もおかしいか、あぁ?」
 冗談も一切混ざらないかなり物騒な物言いに、男の子達はぐっと言葉に詰まった。たったそれだけで勝負はあっさりついてしまい、小さく舌打ちしたりや負け惜しみを言うと男の子達はばらばらと去っていった。
 「…ありがとうな兄ちゃん、あたしおっかなくてよう言えんかった」
 その後姿が見えなくなってしまうと兄と呼ぶ男の子に向かって女の子は言った。
 「いんやお前に言われんでも俺はあんなのは嫌いじゃ、茜」
 そして、男の子は私に向かって手を差し出した。巻き髪と、いかにもいたずら小僧めいた顔立ちが印象的な子だった。
 「済まんかったの、あいつらぁこの村の悪たれじゃ。女の子ばかりいじめよる」
 その手を借りて立ち上がると茜と呼ばれた女の子が私の服についた泥を丁寧に払った。
 「兄ちゃんこの子はゲイリンさんのとこの子かね」
 「おう聞いたことあるな。今日もゲイリンは親父殿のところに来とうが。お前、名前は何と言ったかいの」
 聞き方はかなりつっけんどんだったけれど別に私に悪意があるのではないとその妹が平然としている様子から汲めたので、私もなるべく普通に答えた。
 「凪。風がなぐ、と書く凪」
 男の子はにっと笑った。
 「凪か、ええ名前じゃ。ゲイリンのとこに凪を送って行こうかの」
 「うん兄ちゃん」
 目配せされて、女の子も頷いた。

 帰ってから師匠が膝に塗ってくれた薬は案外染みて、私は思わず顔をしかめた。
 「いかにも、あのボーイは秋次郎殿の長子の弾殿のセオリー。ガールの方は妹の茜殿だ」
 師匠のところに弾と茜に連れられて戻った折、弾は私のことを放っておかないでしっかり見ておけと大人を大人とも思わないような口ぶりで師匠に言ったが師匠は腹も立てずそれはソーリーなことをしたと詫びた。
 「弾殿は将来この槻賀多を背負って立つボーイ。少々乱暴なところはあるセオリーだが公正なお子だ。茜殿共々、仲良くするを希望だが」
 師匠は私の顔を覗きこむようにした。
 確かに、
 俺がもうあんなことはさせん
 気ぃ悪くせんとまた遊びに来てな
 とは言われたけれど膝が痛くなった理由を思い出すと、私は黙り込んだ。
 師匠は薬箱をぱたりと閉じた。
 「それはそうとハイピクシー」
 私の膝を心配そうに眺めていたハイピクシーはその一言で縮み上がった。
 「普段から無辜のピープルには手出しするなと伝えてあるセオリーの筈」
 「でもあたしが手出しする前に終わっちゃったしあたしがやろうとしたのは正当防衛ってのよ!?あそこで弾が来てくれなかったら凪はどうなってたの?」
 ハイピクシーは頬を膨らませた。
 「そう、それに凪も止めたセオリーだったな」
 ハイピクシーを睨むのをやめると師匠は軽く吐息をついた。そして私のことを白い前髪の奥から見据えて。
 「さて凪、問われるサマナーの素養には色々あるがこのゲイリンが一番重んじるものは何だと思うか答えてみるを希望だ」
 …また向く向かないの話なのだろうか、師匠が何のつもりでそんなことをいきなり言い出したのかわからず、まさか昨晩寝床で聞いたことをそのまま言うわけにもゆかず、答えられないその数瞬は何十分にも感じられた。
 「…わかりません」
 「それはセルフ使える力に驕らないことだ。そして今日凪はそれを証明したセオリー」
 師匠は微笑んで、緊張が緩んだ。
 「早速ではあるが明日からでも異界と通じる技の突端に取り掛かるプロセスだ。容易なことではないセオリーだが凪なら難なくこなせよう」
 ハイピクシーが師匠と私の顔を交互に見比べて、笑って、私の肩を軽く叩いた。
 私は頭を下げていた。
 「よろしくお願いします師匠」

※某所に投下したのを大幅増量&改稿。リリムは趣味。外法属だとゲイリンはランダを持ってるけど私の超個人的趣味。あと凪の喋り言葉とモノローグは違うってことで許せ。言い訳書いたら長くなるので略だけど※

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