「ザントさえ倒せばワタシにかけられた呪いは解ける」
筈だったのに。
「…ミドナ、ちょっといい?」
そろそろ休もうという時分になって、リンクはミドナを呼び出した。
トアル村のはずれのリンクの家。
ハイラル城に行く前に一度自分の家に戻りたいと言い出したのはリンクだった。
ミドナもそれに反対はしなかった。
多分次の-ガノンドロフと交えることになるだろう戦いが-最後の戦いになるだろうという予感があって、それは随分重苦しいものだった。
けれど家に戻りたいという言葉はこれが最後の見納めだという悲劇的な気分から出たものではなくてこの家をまた見る為に戦おうという覚悟故に出たもののようだった。
ごちゃごちゃしていて、整然としていて、なんとなくあったかくて、リンクという人をそのまま形にしたような家。
言いはしないがミドナも何度か訪れたこの家を主と同じくほのぼのと好いていた。なので昼間リンクが家の中でぼんやりしていたりなんとなく片づけを始めたりするのを止めはしなかった。これは邪魔してはいけない種類のことだとわかったから。
けれど話し相手さえ居ればそもそも無口な質ではないらしいリンクなのにそれでも家の中がふっと静かになってしまう時間が多かったのは色々思うことがあったからだろうか。
「…何だよ?」
いつもと同じ調子で彼の前に出れば、寝台に足を伸ばしたリンクは手招きした。
「うん、ちょっと思いついたんだけど」
「何をだ?」
「僕の膝の上に座れる?」
言われるままに腰を下ろすと丁度視線が同じ高さになった。頭が軽くなったので何かと思えばリンクが被っていた影の結晶石を取り上げて床に置いたところだった。
「…なんだ、かわいい目がちゃんとあるんだ?」
「そんな用事だったのか?リンクに見せたことなかったか?結晶石がなければザントを倒す前のワタシは魔法だって使えなかったんだよ」
なんだって今更そんなことをと思ったが、リンクは違うと首を振る。
両手を差し伸ばして来るなり顔を挟まれた。
リンクの日の光の色の前髪。
それと同じ色の睫。
柔らかいものが唇を軽くなぞって離れる。
何が起こったのかと思った。
「やっぱり駄目?」
照れも恥もなくどうしようもなく淡々とリンクは言った。
「駄目って、やっぱりって、何したお前!」
思わずリンクの胸をどついて逃げ出そうとしたがどういうわけかリンクの手が離れてない。その手がごつそうな見かけの割に随分器用だというのは長い旅の間に知った。
「ほら女の子が好きなおとぎ話で王子様がお姫様にキスしたら呪いが解けてって話があっただろ?したらミドナの呪いも解けるかなって」
向けられる青い瞳には邪気がない。
「ワタシにかけられた呪いはそういうのと種類が違う!」
ああそうだこいつはこういう奴だ。
これはいつも通りのリンクの善意。どこに居るかもわかんない神に誓って男女の恋慕とかそういう感情からしたことじゃぜーったいに、ない。
そう、絶対に。
結論が出てしまうと急に悲しく思えて、そうなると突き出た長い耳がしおしおと下がってしまうのも厭わしかった。
散々泣いた。今まで泣いてなかった分も泣いたような気がする。それでリンクが理由もわかってないのにそんなに嫌だったごめんとか謝るからまた泣いて。
まるで子供をあやすみたいに背中をとんとんされてたのも覚えてる。目を覚ませばリンクはぐっすり寝てるし自分はいつの間にやら腕枕されてるし。
暗闇の中重たく腫れぼったい目をこすりながら布団をのけるとやっと結晶石を被り、影に帰ることにした。
どうせ朝になったらちょっと気まずいだけ。それで気まずいままハイラルに向かうんだろう。でもこんな気持ちで明日を迎えるってあんまりだ。
彼にかけたこの言葉は果たして予言か自分の初めてのがあんなにあっさり済んだ恨みか、よくわからなかった。
「お前こんなだとそのうち揉め事起こすぞ、きっと」