トワイライトの世界でミドナと名乗る魔物に出会ってからしばし。
「だから、とにかく!」
端から見たら話しかけているのが自分の足元から伸びる影だというのがちょっと心配な光景だろうけど幸いここは自分の家で、それに他の家からも離れているから多少声を荒げても不審に思われる心配はない。
「そんなにでかい声出さなくてもちゃんと聞こえてる」
対する影の声には真剣味がない。
「…とにかく、」
真面目に話そうとする努力が実は馬鹿らしいことなんじゃないかと思いながらリンクは影を見据えた。
「僕が狼になった時は色々不自由だから仕方がないけどそうじゃない時は呼ばない限りミドナに出てきて欲しくないんだ」
「はーん」
すっごい生返事。
とはいえこれは真剣な願いで、自分に四六時中他人が張りついてることを考えるだけでも憂鬱なのにその上彼女に好き勝手にされるのは耐えられなかった。
「…まあお前も男だもんな、色々あるよなー。いいさ約束しようじゃないか」
これまたすっごい嫌な含みを残して、ミドナは影に消えた。
リンクはやれやれと吐息をついた。
(要するにリンクが目を覚ましてる時は呼ばれなければ出てくるなってことだよな)
リンクが寝静まった気配を察すると手前勝手な解釈をしてミドナは影からにじり出た。
見れば家の主は旅装のまま、書き物机に突っ伏したままで眠っていた。明かりを点けて寝入ってしまったのか机の上のランタンは油が切れてしまっている。
言われることがなければそもそも光の世界の明るさは苦手だったしそれを押してリンクにちょっかいを出そうなんて考えたことはなかった。要するに自分の手足として忠実に動いてくれればいいのだからリンクの人となりなんてちゃんと気にかけたこともなかった。
暗闇の中の彼の寝顔はまだ子供っぽい印象があった。
(…こんなので本当に勇者ってヤツなのかねえ)
可笑しくて、その頬をつつく。
と、くぐもった声が漏れた。
「…ド」
慌てて指をのけたが彼の瞼は動かない。
(…何だよ驚かすなよ)
腹立ち紛れに、先刻よりもちょっと強く彼の頬に指を当てる。
すると今度は彼の声がはっきりと、こう聞き取れた。
「…ファド…」
(ファド?)
カカリコ村に居たチビ共の名前ではない。そういえば昼間この村の村長とやらとスモーを取った時にイリアがどうとか言っていたがあれは多分自分も泉で攫われるのを見た年嵩の娘の名前だろうか。
となると。
なんとなく、ミドナは部屋の中を見渡した。
それに気がついた時、氷の固まりが自分の胸の中に落ちてきたような気分になった。
(きっとふぁどっておとこのなまえだああそうなんだだってこいついちおうこういうとしごろのおとこなのにへやにかざってあるのはうまとおとこのにすがただけだなんてへんだへんじゃないかええっとそういえばこいつけっこうかわいらしげなかおをしてるけどあれかあれなのかひかりのせかいではおとこどうしとかおんなどうしとかそういうのがあるってむかしきいたことがあるけどこいつがそうなのかねごとでなまえをよんじゃうくらいなのかいやわたしはぜんぜんそんなのかまわないんだけどなでもないやじつはかなわぬおもいでかたおもいしてるとかいくらひかりのせかいでもそういうのがこうぜんとみとめられてるわけじゃないだろうということはこいつももしかしてはくがいされるしゅるいのにんげんなのかよばないときにはでてくるなってこういうりゆうなのか)
瞬間、330文字分位の思考がざざっと駆け巡り、頭痛がしてきたので影に戻ることにした。
それから数日、リンクが感じるミドナの視線は奇妙に生ぬるかったとかなんとか。