さくさくさくさく。
星空の下砂を踏みしめる音だけが聞こえてきます。
「あの子は弟なんだ助けないと」
と言って彼は馬を駆りブルブリンを追いかけて飛び出して行きました。
「…なんだ、本当は弟じゃないのか?」
と聞き返さずにはいられませんでした。
「まあ血は繋がってないけど。でも村の子供はみんな兄弟みたいなもんだよ。取り戻せてよかった」
子供を牧師に託すと矢がかすった頬を拭ってこともなげに彼は言いました。
こいつはどうもお人好しだなあと思いました。
ミドナが元気になってよかった
と、彼はしっぽをぱたぱた振って言いました。
「…あのさ、順応するなよ。そんなにしっぽ振って狼じゃなくて犬みたいだろ」
と言わずにはいられませんでした。
でもミドナがあのまま死んでたら僕は悲しいと思う
とか嬉しそうに(狼なので表情はいまいち判りませんでしたがそう見えたのです)言うので。
こいつは私に散々なことされたのをすっかり忘れてますますお人好しだなあと思いました。
「僕はミドナのこと仲間だと思ってたけど…違うの?」
と先を歩く彼は言いました。
「…一緒に行ってくれないか?」
とはこれまで自分が彼にしてきたことを考えると流石に言いずらかったのですがしかし他の手だてはありませんでした。
あっさり頷いて歩き出す彼の背中を見て、こいつのお人好しにも程があるなあと思いました。
本当はこういう善良な人間は故郷で山羊追いでもやってる方が穏やかな一生を送れるのでしょうに神はどうしてこんなのに使命を背負わすんだろうと思いました。
でも一番卑怯なのは彼を利用しようとする自分なんだと思うと胸がきゅうと痛くなりました。
「ほらきっとあっちだよ」
はるか遠くに見える小さな明かり-多分そこが陰りの鏡のある砂漠の処刑場なのでしょう-を指して彼は言いました。
東の空が茜色に染まり始めているしそろそろ夜明けの刻限です。