●ビタミンA●
ククールが仲間になって間もない頃。
「夜に宿の部屋から出てく時、壁にぶつかってるの見たことあるよ?」
「この前夕方にモンスターに出くわした時、やけに目を細めてたでがすね」
「目が悪いのかしらね?でも二軒先の家のところに立ってる女の子の瞳の色はどうとか言ってたりしたわ」
三人は顔を見合わせた。
その視線の先、連日怪我をしまくりの仲間達の回復役に追われて睡眠時は死んだようになってる銀色の髪の青年は、ごろりと寝返りをうった。
枕を抱える寝顔はなんとなくかわいらしい。
「そういえば小食なのよね。お酒はよく飲んでるの見るけど」
「あっしがガキの頃なんて1日3回の飯じゃ足りなくて店先から食いもんをかっさらったりしてたもんでがす」
「ヤンガスそれって犯罪だよ」
その話し声が耳に届いたのか、ククールは薄目を開けた。
ぼんやり霞がかかった瞳で、ギデオンとゼシカとヤンガスを順に見渡す。枕を抱えたまま。
「…悪い、もう出発の時間か?」
彼の問いかけには答えず、ギデオンは小首を傾げた。
「ねえねえもしかしてひょっとしてククールって鳥目?」
「だから勘弁してくれよ修道院の食事って酷かったんだよ味も酷けりゃ材料も酷くてさその上食事を作るのって当番制だったんだけど野郎が寄ってたかって作るから野菜は良く洗わないで根っこに砂がじゃりじゃりついたまんまだしその上用足しして洗いもしない手の指ををスープの皿に突っ込んで配膳したりそれでも残すと叱られるから最初っから俺のは少なく盛ってくれるように頼んだりしてたんだよ俺が修道院にやられてから餓死しないで生きてこられたのはドニの町で食わせてもらってたからなんだぜ今やっと自分の意思で食いたくないときは食わないって言えるようになったんだからさ」
ククールは一気に言い切った。枕を抱えたまま。
んだよ!」
「何言ってるのよ!」
んでがすか!」
三人の声が和して響いた。
「僕ね最初はお城の一番の下働きからスタートしたから食事も皆が食べた後の残り物でパンとスープがごた混ぜになって出てきたりしたよ」
「私サラダのチシャに青虫がついてたからお母さんに言ったら料理人が一生懸命作ったものなんだから残さずお食べなさいって青虫除けて食べさせられたわ」
「あっしはガキの頃に熱を出したらこれが一番の薬だって干したミミズを煎じたのを飲まされたでがす」
「…」
「…」
「…」
「…」
そして。
四人は顔を見合わせ微笑みあった。
互いに生まれ育った環境も何もかも違うけれど、修羅を見た者同士だから理解できる、そういう微笑だった。
「で、これが鳥目にいい食べ物なの?」
水を張った流しでにんじんを洗いながらゼシカは尋ねた。宿の台所を借りたのだ。
「そうでがす。まあ一食食べたたからどうってもんじゃないとは思うでがすが」
受け取ると、ヤンガスはその太い指からは想像もできない器用さで皮を剥いた。
「…ちょっと気がつかない僕らも悪かったけど、何かあったら言ってよね?これから先は長いんだし」
しばしあって、ククールの前に皿が置かれた。野菜をごった煮にしたシチューだった。
俺こいつらとなんとかやってけるのかな
思いながらククールはスプーンを手に取った。
湯気の向こうに三つの笑顔が浮かんだ。
●荒地で見た夢●
「しかし、お義母様も人使いが荒いな。誰かさんに似て気が強いったらない」
小声のつもりだったが頭上から打てば響くように声が降ってきた。
「何か言った?」
「いいえ、なーんにも」
「お金と力がない色男だからおつむの出来はどうかって試されてるのよ。ほぼ期待以上だから呼び戻されたの。裏切ってたらその時点で婚約解消だったんだから」
ゼシカは棚の奥を覗きながら応えた。
「おっかないね」
「甘いこと言ってたら父さんと兄さんが居なくなったこの家と仕事は切り盛りできないわ。アルバートの名前だけで皆が皆ちやほやしてくれる時代じゃないもの。母さんも母さんなりに必死なの」
なんだちゃんとわかってるんじゃないか、と、ククールは今度は口に出さずにひとりごちた。
…世界を救った戦いから何年か。
唐突にかつての仲間達の前から姿を消したククールはこれまた突然皆の前に姿を現した。
ただし、満身創痍。
体だけじゃない、おそらくは、心も。 何があったのか本人は頑として語ろうとはしないがそれでも重い口から出てくる言葉の端々からあのマルチェロと関係があるのだろうと仲間達は察した。
体を治すだけ治すとまたどこかへ去りかけようとする彼の手を引いたのはゼシカだ。
別に血の繋がりがあってもなくてもおかえりなさいって言ってくれる人と場所があったらそれが家族でしょ?
そう言って。
その時点-もうアルバートのお嬢様もいいお年なのにとか噂話が耳が痛いくらいやかましくなる頃-に及んでもゼシカは山ほどある縁談に頷いていなかった。まるでどこかの誰かを待っているかのように。
諸々の面倒事を片付けてククールがようやくゼシカの婚約者という身分に昇格したのは二月前だ。昇格するなりゼシカの母にポルトリンクに単身赴任を命じられて、帰ってきたのがつい今さっき。
そこには母のいいつけで探し物をするゼシカの姿があった。
梯子を押さえながらククールは上に向かって声をかけた。
「…で、さっきから何を探してるんだって?」
「古い宝具よ。家に代々伝わってる」
「そんなの使用人に探させたらいいだろ」
「一応大切なものだから家族以外の人間に触らせたりしたら駄目ってことになってるの。だから家の中でこの部屋だけいつまでも整理がつかないのよ」
周囲を見回してククールはげんなりした。
壁一面の棚、棚、棚。その中という中に時代がかかった古いもの達が詰め込まれていて、大した威圧感だ。
「もう少し右に動かしてくれる?」
「わかった」
ククールが梯子を横にずらした途端、梯子がふっと軽くなった。
「きゃあ!」
靴底が滑る音と悲鳴。
ゼシカが足を踏み外したと悟ってククールは咄嗟に腕を差し上げた。
ククールは安堵の吐息をついた。ゼシカの小柄な体が自分の体の上にある。
「…ごめんなさい、大丈夫?」
「…ゼシカこそ」
ゼシカが頭を一振りして体を起こそうとするのをククールは彼女の背に腕を回して押さえた。
豊かな赤い髪が波打って、ククールの顔にかかる。
「…ね、降ろして?重いでしょ」
ゼシカは困ったように笑った。
「全然。こんな羽根みたいに軽い体で何言ってんだよ」
ゼシカの瞼を、頬を唇で確かめて。
「本当、冷たい婚約者様だよな。二月も一回も訪ねて来てもくれないし帰ってきたらきたで梯子の上から人の顔を見ようともしない」
「…だって、あんまり浮ついたりしてたらそれはそれでまた色々言われるわ。それに」
「それに?」
「私も今日ククールが帰ってくるって知らなかったのよ。…一人だったのはククールだけじゃないんだから」
勝気を装っているのに語尾が震えているのをククールは聞き逃さなかった。
それ以上言わせないようありったけの力を込めて彼女を抱きしめると、ゼシカもククールの首に腕を回す。
「おかえりなさい、ククール」
「ただいま、ゼシカ」
二月分の孤独と不安をを打ち消すように微笑みあって、唇を重ねて。
●髪二題●
ゼシカは勢いよく食堂の扉を開いた。
「おはよう皆ー」
その声にテーブルを囲んでいた男三人が彼女の方を向く。
「…あれ、その髪どうしたのゼシカ?」
すっとんきょうな声をあげたのはギデオンだ。
「うん、昨日の晩寝惚けてて髪飾りを片方どこかにしまい忘れたみたい。片方だけくくるのも変だから…。出発前にまた探すわ」
屈託なくゼシカは笑った。
そう、普段は髪をまとめているせいか柔らかい曲線を描く顔は全体の輪郭が強調されてしまい、ややもするとまだまだ幼い印象があるのに、解かれた赤い髪が波打って縁取るとかもし出される雰囲気は大人への階段を上りかけている少女のそれだ。
「こりゃまたいつもとは随分印象が違うでがすね」
素直に朴訥に思いを口にしたのはまずヤンガスだった。
「とってもきれいだよ。普段からそうしておいたらいいのに」
次はギデオン。
「でもいつもはまとめてるしこんなのだと落ち着かないのよ」
「勿体無いよねえ、ククール」
ギデオンは同意を求めた。
妙な間があった。
ギデオンは肘でククールを小突いた。
「ねえククールってば」
ククールは口の中のものをやっと飲み下すと生返事をした。
「…あー?ああ」
水差しを取ってくるとゼシカがテーブルを離れてしまうと、ククールはなんとなく左胸に手を当てた。
どうしてこんなに胸がざわざわしてるんだろう俺。
日が傾きかけているのにはしゃぐ声はまだ止まない。
ゼシカは砂地に指先でぐねぐねとよくわからない模様を描きながら叫んだ。これで何度目だろう。
「ちょっと、もういい加減にしなさいよ!日が暮れるわよ!」
遠くからおざなりに、はーい、という返事が返ってきてハモった。
しばしあって、波間に漂う三つの人影のうち一つがようやく海から上がってきた。
ゼシカが投げつけたタオルで髪をぬぐいぬぐい、彼女の横に腰を下ろす。
「…まったく、皆何考えてるのよ。こんなところで何刻も」
「別にいいだろ毎日毎日あっついしたまには息抜きしたってバチは当たらないって。それよりゼシカは泳がないでいいのか?気持ちいいのに」
「遠慮しとくわ」
ゼシカは肩をすくめた。
「日焼け跡ってのもそそられるけどな」
「何が?」
「なんでもない」
前髪から滴を垂らすククールをゼシカはにらみつけた。その表情がふっと緩む。
「そういえばククールって随分髪長くしてるのね?」
海水で重く湿った銀色の髪は伸びて腰にべったりとはりついていた。色々と構わない旅から旅の生活を続けて何月にもなるのにその髪は全然艶を損なっていない。
ククールは己の髪を一房つまむと笑った。
「長い方が女の子のウケがいいんだ。あ、もしかしてゼシカは短いのが好み?切ってもいいぜお望みなら」
「…別に、伸ばしたいだけ伸ばしておけばいいじゃない」
ゼシカはぷいと横を向いた。
●再度、チャットで頂いた自分で振ったネタ●
土埃が次第に収まって、ククールは剣を構えたまま背中越しに声をかけた。
「こっちはかたがついたみたいだ。そっちはどうだ」
ギデオンは剣を鞘に収めて振り返った。ヤンガスもメイスを腰に戻す。
「こっちはOKだよ」
「また随分強い奴が出てくるようになったでガスね」
ククールはそのギデオンの顔を一瞥すると懐を探ってハンカチを取り出した。ギデオンに向かって突き出す。
「ほれ」
「え?」
「拭っとけよ。血ぃしぶいてんぞ?そんな顔見たら姫様怖がるぜ」
「ああ…ありがと」
真白なハンカチでギデオンは額をごしごしと拭った。その上からククールが手を当てる。
「ごめんね汚れちゃったけどこれ」
「洗って返せよ」
「うん」
そしてそんな二人の姿を離れたところで凝視するゼシカ。
「どうしたでがすか?」
服の埃を払いながら、ヤンガスは声をかけた。
「え?ううんなんでもない」
『 ククールの赤い舌が伸びて、ギデオンの額の傷を探った。
「ククール、そこ沁みるっ」
「また治すし別に構わないだろ」
心底楽しくて堪らない、とでもいうようにククールは笑うと、血が滲みはじめたギデオンの傷口をねっとりと弄る。ギデオンの喉から漏れる声は苦痛からくる喘ぎだったのに次第に不思議な熱を帯びてゆく。
ククールはゆっくりと、ギデオンの服を寛がせはじめた。はだけた胸は少し汗ばみ艶かしい。
「…あ、ククール…」
「他にも痛いところがあるよな?見せてみろよ」
ギデオンの手がククールを押しのけようとしてか彼の肩を押し返す。しかしその抵抗は形ばかりのものに過ぎないことをククールはよく知っていた。』
「こんなんでどうですか姫様」
皆がすっかり寝静まった深夜、不思議の泉近くの野営地でわきわきする女の子が二人。
「きゃー早く続きが読みたいですわっ」
「頑張って書きます!」
ゼシカは馬姫様を前に胸を張った。