芝村舞は速水厚志に寄り添うようにして立っていた。
たなびく硝煙の名残と、元々は城壁や石垣であったものの残骸、そして累々と転がる幻獣の躯の中にあって、己は果てしなくちっぽけに思えた。
しかしこの小さな存在は連戦に次ぐ連戦の中、見事生き残ったのだ。速水厚志と、そして士魂号と共に。
「…はは」
知らず知らず、笑いが漏れた。
埃だらけになったウォードレスの掌と、そして煤けた速水の顔を交互に見る。
「…生き残ったな、我らは」
「うん」
「夢ではないな」
「もちろん」
彼はほんの少し、笑みを浮かべた。
遠くエンジン音が聞こえてきた。音からすると指揮車のものだろうか。
「やっと迎えが来たか?」
速水は目を細めて手を額にかざした。
「当たり。…じゃ、帰ろうか」
どちらからとなく、踵を返して駆け出す。
そうして、芝村舞と速水厚志は後に熊本城攻防戦と名付けられる戦いから帰還した。
舞は膝を抱えて、プレハブ校舎の階段の中程に座り込んでいた。
先程から小隊の皆が一人、一人と家路につくのを何度も見送っている。
普段なら戦闘から帰ってきた後も整備や何やらで比較的遅くまでハンガー周辺に煌々と明かりが灯っているのだが、さすがに今日は士魂号を格納すると先生も司令も帰宅を勧めた。何せ大仕事を済ませたのだからと。
何人くらい、そうして帰ってゆく者を見送っただろう。
舞は先程から待ち受けていた人間の影を見つけると、小走りに階段を駆け下りた。
「厚志」
その背中に声をかける。
速水は振り返ると、ぽややんと笑った。
「あれ、まだいたの?先に帰ったのかと思ってた」
「そなたを待っていたのだ」
「ありがとう。じゃあ一緒に帰ろうか」
「うむ、…それでな、厚志」
舞は速水の両腕を掴んだ。彼の顔を見上げる。…入学したての頃はそれほど身長の差もないように思っていたが、いつの間にか少し背が伸びただろうか。
「何?」
「今夜は帰りたくないのだ、私は」
顔が熱い。日が暮れていて、自分の顔の染まり具合を速水に悟られないのは幸いだ。
速水のことだ、冗談でああいうことを言ったのだとはわかっているのだが、彼の気持ちをもう一度確かめてみたいという厄介な思いつきを止めることができなかった。例えそれがどういう結果を招くことになろうとも。
「え?」
「つまり、私を一人にするな。側にいて欲しい」
速水の顔が固まる。ぎこちなく首を傾けて。
「今、なんて?」
「…野暮天が」
朝日も近い薄闇の中、速水は何度も何度も舞の髪を梳いていた。
楽器を弾かれているような心地いい感覚に舞はそっと、目を閉じた。
速水はゆっくりと、両手で舞の顔を包んだ。唇が重なる。
「ねえ舞、約束してくれる?」
「なんだ?」
「大変なことを一人で背負おうとしないで。僕は頼りがいがないかもしれないけど、舞に貸す力くらいはあると思ってる。…それとも、まだまだ不足かな。芝村から見たら」
舞は首を振った。
「そなたがあの時私と共に来なかったならば、私は今ここにいないだろう。そのことにはいくらの感謝でも足りぬ。ただ、そなたを巻きこんでいいのかわからなかったのだ」
「巻きこまれないで後悔するより、巻きこまれて一緒に大変な思いをする方がいいな、僕は」
だから、ね?と、速水は声を出さず、唇だけを動かした。
その微笑みに、舞の胸は温かいもので満たされた。が、
「ばかもの、何を格好いいことを言っておるか。ばかもの…おおばかものめ」
速水の頬をつまもうと伸びた腕はかわされた。そのまま彼の胸にきつく抱きしめられる。
「舞が死んだら悲しむ人間が最低一人はいるってこと、忘れないで。絶対に」
噛んで含めるように耳元に囁く声に、舞はほんのわずか、わかるかわからないか位に頷いた。
速水は舞の顔を自分の胸に押しつけたまま、彼女の手を取った。ややあって、掌を開かせると何かを押し込む。
「忘れないようにこれあげる。本当は誕生祝いにあげようかと思ってたけど」
「?」
舞はカーテンの隙間から差し込む暁光に、それをかざしてみた。…指輪だった。シルバーかプラチナか、銀色の台に白い石がついている。
「もしかして来週が誕生日だって、忘れてた?」
「…」
「あと何年かしたらちゃんと薬指にはめるやつも買ってあげるから、それまではその指輪をして貰ってていいかな」
「…な?」
速水は笑うと、指輪を取り上げて舞の中指にはめた。