ガンパレードマーチ・その5

 3月上旬、小隊発足からまだ間もない朝。
 本田先生は朝のHRの終わりしな、ふっと気がついたように1組生徒の顔を見渡してこう言った。
 「そうそう、本日の6、7時間目は会議室で健康診断を行う。人数が少ねえから2組と合同、男子が先。測定が終わったらグランドで体育の授業、こっちも2組と合同だ。たまにゃ賑やかでいいだろ」
 なんとなく、ざわつく1組生徒。
 「せんせー」
 滝川が手を挙げた。
 「何だ滝川」
 「入学の前に健康診断はやったような気がするんですけど」
 「そりゃ、入学資格を審査する為のやつだろ?今度のは学校教育法に定められた管理者の義務って奴だ。身長体重胸囲座高に視力と聴力尿検査にレントゲン。出撃が本格的になったら義務を果たすヒマもなくなるんでな、今のうちに受けとけや。衛生官は打ち合わせがあるからちょっとついてこい」
 石津を後に従えて教室から本田先生が出ていってしまうと、教室はなんとも言えない雰囲気に包まれた。
 こういうのは事前に言っておいてくれないと困っちゃう人間だっているのだ。

 体の各寸法を計る前に、記録係を命じられた狩谷から一人一人に紙コップが手渡された。『青い線まで入れてください』ってやつだ。そのコップを手にして、速水厚志は滝川に声をかけた。
 「ねえ滝川」
 「んー?」
 「僕、尿蛋白が出たらどうしよう」
 彼の言葉に、めいめい会議室からトイレに向かう男子生徒が振り返った。
 「ハヤミスキー!お前上品な奴かと思ったら結構勇者だな!俺お前のことがもっと好きになれそうだよ!」
 滝川が恥ずかしそうな速水の肩を抱いて涙する。
 「同志!」
 「あなたはこんなこととは縁がなさそうなセトビッチ!」
 「俺だって一人悩む夜があるんだぜ?」
 頬を染める瀬戸口。
 「同志!」
 「あなたはワカミヤスキー!」
 「再検査も皆で受ければ怖くないってな」
 からからと笑い、滝川、速水、瀬戸口の頭をわしゃわしゃする若宮。
 「…」
 「…あ、来須先輩も?」
 以下、延々と続く。まあ、皆若いし。
 この時普段クラスは別々、なかなか親交を深める機会もない1組と2組の男子生徒がこれ以上はないって位変な風に団結しちゃったという。

 
 芝村舞は脱衣かごを前に、戸惑っていた。
 レントゲンを撮る前にブラを外せと石津から言われたのだが、堂々とほりだすには気恥ずかしい薄い胸であった。
 「…まったく、言っておいてくれれば昨日から何も食べなかったのに」
 原がぶつぶつ言いながらリボンをといている。
 「せや。そこつもんは本田先生だけかと思たら坂上先生もやのん?」
 「先生は戦闘のこと以外は全然ですから。乙女心なんてわかってないんですよ」
 舞はくらくらした。原と加藤、きっちり谷間がある。森もなかなかふくよかだ。
 (そうだ、新井木が…)
 唯一、小隊で自分より身長が低い少女を目で捜す。
 勢いよくシャツを脱ぎ捨てている彼女は、思い切りよく真っ平らだった。ブラなんぞしていない、タンクトップのみである。それはそれで潔いと言えるかもしれない。
 「まいちゃんどうしたんですか、こわいかおして」
 ののみが舞のシャツの裾を引っ張った。
 「ああ、別になんでも…」
 ののみの声に、なんとなく女子一同の視線が舞に集中する。
 原がにっこり笑った。寄せて上げなくてもたっぷりした胸、グレーのブラでとてもセクシーだ。
 「芝村さん、脱がないの?」
 「ぬ、脱がないわけではない。ただ、その…私は胸が…」
 「胸がなーに?」
 原は距離を詰めると抵抗する間もないほどの高速で舞のリボンをとっぱらい、シャツのボタンをぶちぶちと外した。そしてちょっと寂しい舞の胸元を見るとまた笑った。
 「あるじゃない、ちゃんと」
 「なななな、何をするかぁ!」
 「成長期だもの、まだまだ大きくなるわよ。でも一言言わせて貰うなら、インナーは選ばないとね」
 原の手がつつつ、と品定めするように舞の双丘に伸びる。蛇ににらまれた蛙のように動けない舞。ちょっと貞操の危機っぽい。

 空が突き抜けるように青く高い。
 尿蛋白とか脚線美とかなんか色々あった末に健康診断のフルコースを終了して、男子生徒はグランドに集合していた。時間を確認した後、坂上先生がのんびりと言い渡す。
 「時間がかなり中途半端ですし、準備体操をして体をほぐしたら自主トレーニングにして貰って構いません。ただし校舎の外に出たりしないように。一応授業時間中ですからね」
 つまり本田先生流に言うなら『適当にやれ』ってことだろう。
 ストレッチで体を温めた後、ある者はサッカーボールを蹴りだし、ある者は懸垂に励み、ある者はグランドを黙々と走り始めていた。
 「あんな走りかたして息が切れたりしないのかな」
 採尿で勇者の称号を得た速水は心底不思議に思っていた。彼の先を走っているのは2組の岩田だ。
 「気にしない方がいいぞ、速水。ありゃ人間規格外だから」
 肩を並べて走る瀬戸口がまこと、クールな意見を述べる。
 「うーん…」
 速水はピッチを上げると、岩田に追いついた。まるで独楽のような回転運動をしつつ、かなりのスピードで走っている。
 「クククク、ああ遠心力!三半規管がグラグラで素晴らしい気分ですぅぅぅ」
 なおかつ、叫んでいる。速水は並んで走るのを諦めた。が。
 「ああ素晴らしいィィ。盗聴、それは男のロマンーローマンスー」
 盗聴?
 速水が足を岩田の足にひっかけると、岩田は壮絶に転んだ。地に伏した彼の耳からイヤホンが外れ落ちる。速水はそれを拾い上げると、耳に挿してみた。
 『トップとアンダー、ちゃんと計ってますか?体に合ったもの選ばないと損ですよ』
 …ちょっとノイズが入るが、これは確か2組整備士の森の声だ。
 『そうそう、男は女の内面重視なんて口で言ってても結局は外見だからよ』
 これは確か、田代。
 『胸は垂れたらリフトアップできひんよ。胸筋を鍛える運動教えよか』
 『通販で可愛いインナーのカタログがありますよ。今度差し上げますね』
 『あのね、ぎゅうにゅうをのむとむねがおっきくなるってほんとうですか』
 『芝村サンお肌がキレイで羨ましいデス』
 『やーめーぬーかー!やめろと、言っておろうがぁぁぁ~』
 間違いようもない、加藤と壬生屋とののみと。おお、これはもしかして。
 「どうした速水?」
 追いついてきた瀬戸口を手招きすると、速水はイヤホンを渡した。
 瀬戸口の口元が、なんとなく緩くなる。
 「女の子って可愛いねえ」
 「でもなんでこんなのを…行動は変態的でも真性の変態じゃないと思ってたのに」
 「ククク、聞きたいですかぁ」
 いつの間にかむっくり起きあがっている岩田。
 「それは好奇心!女子生徒で一番せくしぃなのは誰か、一番貧弱なお嬢は誰か、2組男子でトトカルチョ!判断材料を得るために男子健康診断の時に会議室に茜君がカメラとマイクを仕込みました」
 「え」
 「ですがカメラは作動失敗でした!現代っ子はビジュアルがないと物足りないようですが、音声のみから想像の翼を羽ばたかすのもまた一興!」
 ごす、という音と共に岩田は再び地に沈んだ。瀬戸口と速水は丸太のようなふっとい腕を振るった若宮を、思わず見上げた。
 何も言わずに瀬戸口の耳からイヤホンを外す若宮。
 「しかし胸にくっついてる肉の量だけであれこれ大騒ぎできる女の子ってのは健気だな」
 「別に関係ないよねえ、好きな女の子なら」
 「お、あっちゃんもしかして悟ってる?」
 「僕は手にぴったりくる位の方が」
 「いや、女は胸だね。Cカップ以上じゃないと僕は女とは認めない」
 「…尻」
 「胸もいいけど女は腰ね」
 「あるかないかの少年のような平らな胸というのも…良いとは思いませんか」
 「なんでみんなそんなに好みが具体的なんだよ?!」
  いつの間にかお猿のように円陣を組んでいる男子生徒。
 「いやいや胸もいいですが醍醐味はぱんと張り切った太腿ですよ」
 「坂上先生も好きですかこういう話」
 「あー面白そうな話だな、俺も混ぜて貰えるか」
 アルトの声に、男子生徒は振り返った。
 そこにはバズーカを構えた本田先生が立っていた。

 それから一週間程、5121小隊は不慮の事故により人員が約半数に減ったため、熊本の幻獣勢力の拡大に少なからず影響を与えたという。
 しかしその事故の内容について伝える者は誰もいない。