晶乃の思いつきとイザンの事情で春休みに入ってから二人揃ってバイトすることになって何日か。
「ありがとうイザンくん、いつも荷物持ってくれて」
晶乃は横を歩くイザンに気遣わしげに言った。
つい最近までこの時間帯にもなれば周囲は真っ暗で、街灯と監視カメラの備えられたセキュリティが整った道ではあっても帰り道の一人歩きは怖い雰囲気があったが3月に入り日は伸びて今やそんなこともない。
なのにわざわざイザンが寮に帰る道をわざわざ遠回りして晶乃をマンションまで送り届けているのは春休み中の寮は帰省してる寮生が多くて暇だったり、ついでに晶乃の手作り夕御飯をご馳走になって総一郎とちくちく牽制し合ったり、後はすっごく個人的な感情の為だったりするのだけれどそれはさておき、袋を両腕に下げたイザンはうそぶいた。
「ボクはタダで御飯は食べない主義だからねー。それにこんなの荷物のうちに入んない」
「でも今日は色々まとめて買っちゃったし、重いでしょ?」
そう今日は調味料とか、粉物とか、色んなものが切れるタイミングが揃っちゃったとかでバイト帰りに商店街で済ませてゆく買い物の袋が一つ多い。
イザンは袋を一つ、取ろうとした晶乃の手をさり気無くかわした。
「この程度ならボク本来の筋力で全然普通に持てる重さだし悪いとしたら総一郎だよ。気ぃ利かせて車出す位すればいいのに」
「それは気がついたのがお兄ちゃんが出てった後だったから私も悪いの」
「…」
兄を庇う晶乃の言葉になんとなくむっとした瞬間、袋は横から攫われた。予想もしなかった素早さに唖然とすると晶乃はいたずらっぽく笑って早足で先を行く。
その後姿に茜色の夕日が重なって、イザンは目を細めた。たとえ逆光でもそんなことはせずとも目の焦点を合わすことはできるのだが、生物としての反射運動が完全に消え去ってしまっているわけではない。
「晶乃ってさ」
「え?」
「ちょっと背、伸びた?」
そう思えたのは夕日に照らされた晶乃の横顔が妙に大人びて見えたせいなのかそれとも彼女の足元に伸びる影が不思議な長さだったからだろうか。
「そう?もう身長は止まったと思ってたんだけど」
晶乃は歩調をあわせるとイザンに並んだ。
「どっちかって言ったらこれからは背よりも胸の方が欲しいかも…ニットとかもっと格好よく着られたらって思うから、こう、ぽんと」
晶乃の、デニムのジャケットの上から胸に当てた手が動いて少々大げさな弧を描く。
「胸ー?もしかして晶乃ってグラビアモデルみたいなのが本物の女だと思ってんの?ああいうのは観賞用の改造女だからね。晶乃はそのまんまでいいんだよ」
「あ、やっぱりイザンくんも見たりするんだ、グラビア」
イザンは固まった。
「と、とーぜんだろ!ボクも健全な男だから!」
「イザンくんって血流の調節ができるって言ってたけど顔の血流は無理?」
ちょん、と、晶乃の指先がイザンの染まった頬に触れた。実のことを言うと可能なんだが生物としての反射運動が以下略。
「…本っ当、そういう嫌な嵌め方するとこが総一郎にそっくりだ」
悪態をつくと晶乃は申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね、時々色々忘れそうになるの。イザンくんってくだけた感じだしもしかして私に年の近い弟がいたらこんな風だったのかなって思っちゃって」
イザンは脱力した。
「…弟ぉ?」
「うん」
キスまでしといてそういうこと言うか!?
とか、あたりはばからず叫びたくなるのはぐっと堪えた。
晶乃の視線が自分の頭のてっぺんあたりに来てるような気がしたのがヒートアップに油を注ぐ。
「…晶乃、言っとくけど」
「何?」
「頭の出来じゃ総一郎とか宗親とか高柳には敵わないかもしれないけどボクはこれ以上はないって位お買い得だからね!?身長なんてこれからいくらでも伸ばせるし顔もあいつらよりいいし箱実はどうせボクを手放さないだろうから将来安定だし!ローリスクハイリターンの未公開株だよ!?」
「…そうなの?」
「そうなの!」
一気呵成に言い切ってぷいとあさってを向き、大股でマンションへの道を歩き出したイザンを見て晶乃は思った。
やっぱり面白いな、イザンくんって。
※でもアナリシス見るとエンディング後の大雑把なスペックは全員同じだし(天才秀才努力型病因性の違いはあれど頭がよくて、皆同じ会社に所属)頑張れちびっこ※