宗親は素っ頓狂な声を上げた。
「…はえ?帰らないって、どーしてよ?」
イヅナとTTとの騒動で校舎を改修したりした結果授業のコマ数が端折られてしまい、その代わりに補講やレポート提出がどっさり増えて散々修羅った期末テストもどうにか終了し明後日になれば楽しい春休み、という晩になって突然高柳の言い出したことへの反応だった。
元々、高柳は両親が離婚した後は父母のどちらにもつかず年の離れた姉と同居していて、その姉の結婚が決まったこともあって箱実学園への入学と入寮を決めたいきさつがある。とはいえ別に姉とも、義兄とも仲が悪いような話は宗親の耳に入っていなかったし、これまでも学校の長期休暇の際には長滞在とは言わなくとも何日かは姉の家に寄っていた筈だったのだが高柳は今回は帰らないんだと静かに宣言したのだった。
「…んー、それがね」
別に二人きりの寮の部屋で声を潜める必要もないのに、高柳は宗親を手招きすると耳打ちした。
ぼそぼそぼそ
「あ、そうなんだ?めでたいんじゃねえの、それって」
「そうなんだけどこの前三者面談で来て貰った時もしんどそうだったし、今も一日中でも横になってたい位みたいだから」
高柳は開いていた携帯をぱたんと閉じた。
「そんな状態だったら余計と帰った方がよくね?」
事情がよくわからない気安さで気軽に言うと、高柳はきっぱり首を振った。
「そういう体調で自分のことと義兄さんのことをするので目一杯なんだよ。今僕が行っても互いに気疲れするだけだと思う」
高柳はこういう時の気遣いは大雑把な自分の何倍も的確だしいくら仲が良くても自分に踏み込めない領域もある。それを知っていたので宗親は話題を変えた。
「そんでずっと寮で何してるつもりだよ?暇じゃん?」
「暇じゃないよ、もう受験生なんだから勉強でもしてる。ラボに行けば総一郎さん達もいるし退屈はしないんじゃないかな」
「…んなこと言ったって最後の大っぴらに遊べる春休みなのに」
考えること数瞬、宗親は自分の携帯を開いた。
「…杉田?」
「あーもしもしー?俺だよ俺ー。詐欺じゃねえよ宗親ー。え、そんなに正剛に声似てる?それはいいんだけど実は肯がさー…」
「…ちょっと、杉田?」
ぷつん
携帯を切った宗親は爽やかに笑った。
「というわけでお袋と話はついたから明後日になったら俺ん家来なさい肯くん」
「どうして僕に意思確認しないで勝手に話進めるんだよ杉田のお母さんにもお父さんにも悪いよ!断らないと」
携帯を取り上げようとする高柳を華麗な身のこなしでかわすと宗親はぽんぽんと高柳の肩を叩いた。
「別にいいじゃん、ガキの頃よくこっちとそっちでお泊りとかしてたし肯はお袋にウケいいし男所帯で今更一人増えたってどってことないってお袋言ってたし」
「でも!」
宗親はクロゼットに-自分のじゃなくて高柳のクロゼットに-向かうとダッフルバッグを勝手に引っ張り出した。それをそのまま高柳に放る。
「いいから細かいこと気にしない気にしない。ささ、荷物をまとめるのだ」
「でも帰るの明後日だって」
「え?」
「…すいませんお世話になります」
バッグを抱え神妙な顔して頭を下げる高柳を、宗親は慌てて止めた。