ライターを持ってたから当然その筈だったんだけど、私がそれに気がついたのはかなり経ってからだった。
だってギャリーはとっても気にしてくれたから。大事な一人娘が煙草の匂いをさせて帰ってきたら親御さん泣いちゃうわよって。だからいつも私と待ち合わせの時は煙草を咥えもしなかったんだって。それに子供に副流煙吸わすわけにもいかないでしょってよく笑って言う。
だから私はギャリーが煙草吸ってるの見たことない。おぼろげに思い出せるのはあの時ギャリーが私に掛けてくれたコートがそういえばそんな匂いがしてたなって、それだけ。
だからその日も喫茶店で私を出迎えてくれたのは紅茶のカップを手に笑ってるギャリー。
「イヴ、久し振り」
そう久し振りだった。私の学校がテスト期間だったから。ギャリーはいつもそんな風で学校行事とか私の家族同士の用事があればそっちを優先なさいよって私と会うのに積極的にはなってくれない。
「宿題あるんでしょ?先に済ませちゃいなさいな。その方がのんびりできるんだから」
ギャリーは全般にそうで、私がどこかの誰かとのおつきあいのせいで生活が乱れるとか素行不良と思われるとかそういうのをとても嫌がってるみたい。
「…はーい」
私はテーブルの上に教科書とノートを広げる。
「そういえばね新作スイーツとかでショウケースの中にフランボワーズのムース並んでたわよ。とっても美味しそうだったけど?」
「私マカロンにしておく」
「そう」
形ばかりノートに向かうとペンケースから出したペンでノートをこつんと叩く。
「…ギャリー、ちょっと相談いい?」
今来たばっかりでそんなこととも思うけどどうも会わない時間が長いと抑えがきかないものがあって、勝手に口が喋っちゃう。
「何?」
ノートに向かったままだからギャリーがどんな顔してるのか全然見えないんだけどでもきっといつもの静かで落ち着いてるギャリー。
「男の人ってどんな女の子が好きかなあ?」
「あらなーに、恋のお悩み?」
「そんな感じ」
言い方にあんまり感情がこもらないように平坦に言うのは大変だった。
「…そうよねイヴもお年頃だもんねえ、そんなこと悩むようになったんだそうかそうか」
その声は感慨深そうで、ちょっと間があって。
「ケースバイケースだけどやっぱりにこにこ明るく笑ってる女の子が嫌いな男の子っていないでしょうね。日陰の花みたいなのはアピール的にちょっと弱いかしら。でもね大丈夫よイヴ、イヴはアタシみたいなのから見ても魅力的だもの。素のイヴで充分イケると思うけど」
今までも結構、ギャリーには相談したことがあった。お父さんやお母さんや、学校の友達にだって言いづらいことはあって、そういう時ギャリーは的確だったり厳しかったりなヒントをよく出してくれる。
「本当?嘘ついてない?」
「ないわよう」
下を向いたままの私の頭を軽く撫でるとギャリーは言った。
「たまには悩むのもいいものよ。マカロンとココア?」
「コーヒーがいい」
ギャリーが席を発っちゃうと私は吐息をつく。
私がかなり年下だとかギャリーがギャリーだとか色々あるけど多分前途多難っていうのはこういうことだと思う。
色とりどりのスイーツが並ぶショウケースのガラスは明るく光って自分の顔を映し出した。
イヴはあんなこと言ったけどやっぱりお試しでムースもいいかしら。ここに来た時はよく見えなかったけどピスタチオベースのムースもあってそっちも良さそう。いっそのことマカロンと両方。ああでも年頃の女の子だし体重とか気にするのかしらね。最近甘いもの飲むの嫌がるようになったし。
とか考えて、ショウケースに映った顔が不意に曇った。
…そうよねイヴもばっちり女の子なのよね。
美術館で自分のコートの裾にしがみついてた女の子はどんどん大きくなって最近じゃその成長は眩しい位で、でもイヴは不思議と自分と過ごす時間を手放そうとしなかった。それにちょっと安心してたりほろ苦い思いを抱いたりはしてたんだけど。
吐息をつくと店員を呼んでオーダーする。
マカロンだけにしておこう。