恋に落ちてく10のお題・どうかこの手を取って リンク編

 

 私に任せろと影の結晶石を取り出したミドナの体が鞠のようにあちこち跳ね飛んだと思うと見上げる程高い城壁の向こうに消えて、ややあって、雷が落ちた時のように空気がびりびりと震えた。
 そして壁の向こうからぬうと現れたものを前に、僕は身動きすらできなかった。
 何本も腕を生やした、体の内から何とも言えない光を放つ巨人の姿。今まで何度もあんな感じの人でないものと出くわしたことはあった…けれどその頭にはミドナがいつも被っていた影の結晶石の形があって。
 …あれはやっぱりミドナなんだ。ミドナが姿を消した向こうからやって来たんだし他の誰のわけもない。
 それなら僕はミドナのすることを見届けないといけない。ミドナは後先も考えずに何かをしたりしない、僕を踏み潰したりなんかしない。
 ミドナは跳躍ひとつ、何者も拒んできたハイラル城を取り囲む結界に登り上がるといつの間にか握っていた巨大な槍を振り上げた。
 振り上げ、振り下ろし、槍の先と結界とがぶつかり合う度耳の奥が痛くなるような低く鈍い轟音が響いて、何度目かについに結界にひびが入った。
 結界の中から光が溢れ出してミドナを包み込み、その途端いましめが解けたように急に動くようになった脚で僕は駆け出していた-結界がこなごなに壊れ去るのと同時に光と巨人の姿が消え失せ、小さな影が落ちてくるのが見えたので。

 ミドナはそろそろ水たまりができ始めた石畳の上にその小さな体を横たえていた。
 僕はミドナを抱え上げた。ぐんにゃりと力の抜けたその体は奇妙に軽くて、それはもう何月も前のことを思い出させる嫌な軽さだった。首筋や口元に手を当ててみれば脈も息もしっかり感じられたけれど。
 「…ミドナ」
 結界から溢れ出たあの光。ミドナは光の世界の人間程には強い光に耐えられないって僕が人の姿に戻れた時に言ってた。
 「ミドナ、」
 まさか賢者達に自分のことを言われるまでずっと隠し通してきたように、こうなるってわかってて僕に言わないでいた?
 「ミドナ、」
 まさか、自分を犠牲にするのを覚悟で?
 今はゼルダ様には頼れない。僕の声はミドナに届く?
 「…ミドナ!」
 ミドナの瞼が重たそうに動いた。二三度しばたいて、霞がかかったような赤い瞳が僕に向いた。
 「…何だよ?」
 多分僕は肺腑の中にあるだけの空気を思い切り吐き出していた。
 「…良かった、気がついた?」
 「…ああ?」
 ミドナはまるでここにあるのが信じられない、とでも言うような面持ちで手の指をかざしては握りしめた。
 僕はその手を取った。
 「驚いたよ。あんなことして結界壊すなんて」
 ミドナはぎょっとして僕の顔を見つめた。一瞬泣き出しそうになってちょっとの間があり、ミドナは目を伏せた。
 「…怖くないのか?」
 消え入りそうな声で言う。
 「何を?」
 「だって蜘蛛の化け物になったんだぞ?ちょっとは怖じ気づくとかしてみたらどうだ」
 ミドナの気にしてることとさっきミドナが目を覚ましたその時まで僕をいっぱいいっぱいにしてた気持ちと、その差が何だかおかしくて僕は笑った。

 変と言うより異常(ミドナは一見なんともないようでもこれは侵入者を阻む為の魔法が作用してるんだと言った)な造りの城内を通り抜け、城の外周の回廊へと出た頃には雨は小嵐に変わり、雷の輝きが暗雲を抱える空を裂いていた。
 これまで歩いてきた感覚で、多分そこが最上階に繋がっているんだろうという長い階段を前にするとミドナは僕の影から出た。
 「…嫌な気配がする。わかるかリンク」
 僕は頷いた。明らかに風とは違う冷たい空気が階段の上の方から流れてきていて、触れると何かが背筋を這い登り、肌に粟が生じるようだった。
 きっとガノンドロフと、そしてゼルダ様もあの奥に。
 そしてきっと僕らの旅の終わりも遠くない。
 もちろん、ただでは終わらないだろうけど。
 「行こうか」
 そのまま影の中に消えかけるミドナを僕は止めた。
 「ミドナ」
 「ん?」
 これは今、言っておかないといけないことのような気がする。
 旅に出てからこれまで、僕が当然だと思ってたことがミドナにとっては当然じゃなくて、それでミドナがずっと寂しくて苦しい思いをしてたんだとしたら。それが結界を壊した時のようなことを招いたんだとしたら。
 「この先何があったとしても、どんなことになっても、僕が一緒だよ。僕がついてる」
 ミドナは笑った。
 「…かっこいいな勇者様は」
 「茶化すの?」
 「冗談だ。頼りにしてる」
 笑いを残して影に戻ったミドナと僕は階段を上った。

 打ち倒したと思っていたガノンドロフの姿が陽炎のように立ちのぼり、ゆらめき始め、次の瞬間ミドナの周りを結晶石が取り巻いて、そして、

 そうだ僕は言った筈。
 だから、ミドナ、
 …どうかこの手を取って

 …僕がミドナに伸ばした手は届かず、ミドナとガノンドロフは僕の視界から消え去った。