●4月14日のエントリー●
私は一人でも大丈夫だって。
一人でやっていけるって。
それが私の責任だって思ってたのに。
それを何だよ今更のこのこ現れて前と全然変わんない顔して呑気に笑って。
人の心をぐちゃぐちゃにかき乱してさ、あんまりじゃないか。
なんとかしろよ!
リンクは宙に浮く自分の両手を呆然とみつめた。
視線を落とせば自分の胸にすがりついて、沈黙したままのミドナ。
手をぎこちなく、彼女の肩に置くとミドナは顔を上げてリンクを睨みつけた。
これまでの空白の時間を互いの指と唇でどの位埋めることができるのか、それは全然判らないことだったけれど。
リンクはそりゃあもう一生懸命なんとかした。
●4月15日のエントリー・その1●
驚かせたみたいでごめん
時間がかかってごめん
でも僕がここに来たのはミドナに会いたかったなんだ
え?ミドナのことが…好きだからって言ったら…迷惑だったかな
ということをやっとこ伝えて。
ソルの光に目を射られたような気がしてリンクは慌てて体を起こした。
けれど部屋の中に満ちる光の明るさは記憶が途切れる前と別段変わりがない。ほっとして横を見れば己の髪をまとっただけの姿のミドナが寄り添っていた。
気配を察したのかミドナは目を覚ました。赤い瞳が自分を認めた途端、大きく見開かれた。
「ば…!」
何もそんな、という勢いで起き上がるとミドナはくるりと背中を向けた。
「…こっち見るなよ、ばか」
●4月15日のエントリー・その2●
ミドナは手探りでシーツをかき寄せると身体に巻きつけたので、リンクもそうすることにした。これならなんとか普通に話ができる。
「…自分がこんなに弱いなんて思ってなかった」
ミドナの言葉は独り言のように聞こえた。
「…復興だってまだまだだし今この国に必要なのは強い指導者なんだ。決して私情なんかに流されない」
リンクの胸の奥で何かがちくりと痛む。
小さな国とはいえ彼女が成し遂げようとしているのは言葉を尽くしても表現できない重責を伴うことの筈だった。
そして感情の爆発の激しさとは裏腹に、自分の腕の中のミドナは頼りないほど弱々しかった。
「ちょっとこっち向いて、ミドナ」
ミドナの腕を取り自分の方を向かせると、頬には涙の跡があった。
「…だから見るなって言っただろ」
頬に触れるとミドナは俯いた。
●4月17日のエントリー●
目を閉じて深く息を吸い込んで。そしてまた目を開けた時には覚悟は決まっていた。
旅の日々を重ねてきたのはこの為に。一度放して、やっと掴んだ手をもう一度放してしまえば、ミドナはきっとこれからこの影の国でずっと独りのままだろうという予感がした。
彼女の顔を両手で挟むと頬は冷たい。
「僕じゃ不足なのかな」
「何がだよ」
「…この国に強い人は必要かもしれないけどミドナが一人でいる必要はないと思う」
言葉の外の意味にたじろいで、そして泣いてるのか笑ってるのか判別つけがたい表情になって。
「…後悔するぞ?」
ミドナは手をゆっくりと己の手に重ねた。
「後悔は鏡が壊れた時に一生分したよ。だからこれ以上はきっとない」
「…リンクのお人好しって本当…全然変わんないよな」
影の国ではそんな光景は望むべくもなかったけれど、やっと零れたミドナの微笑みは厚い雲間からわずかにのぞいた日の光を思わせるものだった。
●5月21日のエントリー・その1(ちょっと訂正)●
陰りの鏡のかけらが集まりましたよ。
「ミドナってお姫様だったんだ?」
「ああそりゃ容姿端麗なーいっすばっでーの美少女魔法使いでさ、何人男をソデにしたか」
ええと。
この白黒ネコミミで幼児体型と言うより乳児体型で確かに胸らしきものは出てるけどそれがどうしたって感じにお尻と太ももがぼよよんと出っ張ってるやたらに口が悪い魔物が?
「…それって影の世界基準で?」
「どうしてだよ」
●5月21日のエントリー・その2●
「綺麗すぎて…声も出ないか?」
…確かに。
世界と歴史の別離はハイリア人の血に何か特殊なエッセンスでも加えたのか、エキゾチックな顔立ちとぼんと突き出た胸、つまんだように細いウエストとぺたんこの腹、そこから腰に連なる見事な曲線。
…ええと。
「…上げ底?」
「何だよそれ!」
「だってイリアが前言ってたもんスレンダーとグラマーは両立しないのよなんて夢見てるのかしらリンクってば本当にお子ちゃまなんだからって!」
「失礼な全部肉だ肉!」
●5月24日のエントリー●
例え月のない世界でも女の体はその見たこともない天体に従って動くんだと昔聞かされた。
小鬼の姿になってから体の造りが変わったのかその煩わしさとは無縁になったけど、夜空に丸く浮かぶ月とその光がやたらと私の心を逆撫でする時期がある。うっとおしい。
『ミドナー?』
ああまた呼んでる。
「…呼んだか?」
声が何だかやたらと低音になる。
「どうしたの、何か機嫌悪い?」
「全然」
「本当?」
「煩いな早く用事を言えよ何だよ!」
いけない。言ってから気がついた。大体リンクは変に勘が鋭かったりすることもあるのでこういうことをしてるとすぐに気取られる。
小首を傾げて私の方を見ていたリンクはそれでも言葉を継いだ。
「一旦ハイラルに戻ってみよう」
「そうだな」
「…ミドナ?」
「何だよ」
「…だから、ポータル開いて欲しいんだけど」
…あ。
「…本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ大丈夫!ほらとっととあの女将の所に行ったらいいだろ!」
止まらない。これ以上やってたら喧嘩になりそうだ。
腑に落ちないって感じのリンクを無視してポータルをこじ開けると、強引に話を打ち切って私は影の中に戻った。
月に照らされた路地裏で、リンクはあちこち指をさした。
「あっちの角の裏には小さいけど果物屋があってこの前覗いたら珍しい南の果物があったんだ」
「で、そこの通りには砂糖菓子を置いてあるところが」
「飴の種類が一番沢山あるのはここ」
「…酒場に行くんじゃなかったのか?」
どうしようもない道草に私は思わずリンクの前に出た。しれっとリンクが言う。
「いらいらには甘いものが一番だよ」
その笑顔。
…こいつは。
●いつだか忘れちゃったけど削除したエントリー・裏の設定ネタ●
ミドナの私室。
「…そういえばミドナに許嫁だっけ結婚候補がいたって、あの話は」
「ああ父上選りすぐりの顔良し頭良し性格良し魔法の力も強けりゃ背も高いのが4人いたな」
「4人」
4人も。
…なんとなく。じっとり落ち込んだり。
「でもリンクにだってその資格は充分あるだろ?魔法は仕方がないにしても今まであのややこしい遺跡だの何だのを踏破してきたんだ。臆病者や愚か者にはできないことだぞ」
いや資格云々じゃなくて。
というリンクの内心の嵐もなんのそのでミドナは机の上の山積みの本を前ににっこり笑った。
「とりあえず学べよ?時間はあるからな」
●4月7日のエントリー●
ミドナは包丁を手に取った。
「あー、ほら剥いた皮は親指で押さえておかないと勢いで手が滑るよ」
「…」
「皮がいくらなんでも厚すぎだし」
「…」
「芽はちゃんと取らないと毒があるから」
ミドナは包丁をまな板に叩きつけた。
「そんなに人のすることにいちいち口出すならリンクがやれよリンクが!」
「そうするよ」
床に転がる罪もない芋を取り上げて水洗いするとリンクは包丁を手にした。するすると程良い薄さで皮が剥けてゆく。
膨れっ面をしていたミドナもその手際の良さを認めない訳にはいかなかった。
「慣れてるんだな?」
「家族がいないからよその家で食べさせて貰うこともあったけど、どうしても自分でやらないといけないからね。色々痛い目に遭いながら覚えたんだよ」
リンクは右の手の平をミドナに広げて見せた。一文字の傷跡があった。
「これは手をまな板代わりにしようとして切った跡」
左の手首には痣のようなものがあった。
「これは横着して素手で熱い鍋を持とうとして火傷した跡」
片足立ちになると左足をぶんぶんと振って靴を脱ぎ捨てて見せる。
「で、これは包丁で遊んでて落っことしてざくっと」
「…わかったもういい」
●11月29日のエントリー●
リンクの指先でりんごが踊る。
「それにしてもマメだよな、お前も」
「えー?折角沢山貰ったんだし傷んだら勿体ないし」
勿体ない、ねえ。
ミドナはちらりと流しの上を見た。
ハイラルの果物屋のおばちゃんに何だか気に入られちゃっておまけにおまけが重なって腕に抱える程貰ったりんご。
半分は酒に漬けて瓶の中に仕込んだ。半分の半分はジャムにするんだと竈にかけた鍋の中で甘い匂いがしている。半分の半分の半分は生で二人で美味しく食べた。それで残りは今リンクが何やら上機嫌でこさえているが。
「で、何作るんだって?」
最初っから手伝う気なんて毛頭ないミドナは卓の上に頬杖つきつつ尋ねた。
「包み焼き。甘く煮たのを小麦の生地で包んで焼くんだ。美味しいよ」
「…」
産まれ育った世界とこちらとでは食物も微妙に違うが想像をかき立てられ、喉が鳴りそうになるのをミドナはかろうじてこらえた。
ミドナの方を振り返りもせず包丁をふるいながらリンクは言った。
「大丈夫、ちゃんと半分こするから」
「聞いてない」
●12月2日のエントリー●
「…別に無理しなくても」
「妻なんだしこの位…それにこうするのがリンクの世界の習いだったんだろ?」
そりゃ昼間は男は仕事で女は大概家の中のことをしてるのが村では普通だったけど。
…それにしても大丈夫かなあ。
リンクは心底不安になりながらあぶなっかしく包丁をふるうミドナの手元をみつめた。
妻なんだしとか言って謙虚なのは結構だけど大体向き不向きってのがあるんじゃないかとしみじみ思う。
以前だって自分が台所に立ってたってせいぜい後かたづけを手伝う位でほぼ「見てるだけ」だった超お嬢様もといお姫様なんだしそもそも台所仕事だったらミドナに任せるより自分でやった方が早いんだけどそれでも任せちゃったのはなんとなく嬉しかったからなんだけど
「…た!」
とりとめのない考え事はミドナのその声で途切れた。
言わんこっちゃない細い指の先が切れて赤い滴がぷつりと浮いている。
咄嗟にリンクはミドナの手を掴んだ。
ぱく
「…ここでどうして私の指をくわえるんだリンクは」
「へー?あんとなく」
●いつだったか多分年が明けてから書いた話●
「…離宮?」
リンクは聞き返した。
「そう。何もないとこだけど私が小さい頃父上と母上と静養に訪れてた場所がある。そこにな。長滞在ってわけにもいかないけどまあ」
少々歯切れ悪く言うとサークレットを額から外して櫛を取り、髪をくしけずりながらミドナは鏡越しにリンクの顔を見た。
「…なんだ、婚儀を挙げたらちょっとそこでのんびりしてこいってのが決まりっていうかなんて言うか。最低限宮殿と連絡は取ることになりそうだけど」
リンクは笑って頷いた。
「いいと思うよ。僕はともかくミドナは何年もずっと根を詰めっぱなしだったんだし」
またねとリンクが頬に唇をかすらせて部屋から出て行ってしまうと、ミドナはなんとなくざわつく胸に手を当てた。
…やっぱり意味がわかってないんだよな、リンクは。
ミドナが開錠の呪文を口にし、重々しい音と共に開いた扉の向こうに見えたものにリンクは意表を突かれた。
影の世界を訪れてからこのかた、馴染みのなかった感じの建造物がそこにはあった。白っぽい岩を同じ大きさに削って積み上げて作られた外壁の建物や、定期的に刈り込まれているのだと思われる青々とした庭の植え込みや、あるいは澄んだ水が張られた池や。
それらは魔法の業で築き上げられたこの世界の諸々のものとは対極にあるものだった。
「…何か思い出さないか?」
と、ミドナは言った。先に立って池に沈められた岩が水面から出ている足場を選び、池の真中にしつらえられた東屋に向かう。
「…なんとなくハイラル城の庭とかに似てる」
彼女の後を追いながら思うままを口にした。まるきりそのままというわけではなく、醸し出されている雰囲気が似ているような気がした。
「そうだな。どうしてこういう造りなのか私も調べたことはない。けどきっと郷愁って奴なんだろ」
●いつだったか夏に書いたぐだぐだ話・その1●
「リンクお前童貞なんだろ?」
くくっ、と喉の奥でミドナが笑う。
「そういうミドナだって処女じゃないの?」
「…なんでわかんだよ」
「なんとなく」
言ったきり膝まで埋もれる雪の中をざくざく歩いて、ふっとリンクは灰色に曇る空を見上げて呟いた。
「ということはここで死んだら二人揃って妖精になれるんだよね」
「それシャレにならないから止めろ」
ここはスノーピーク。
●いつだったか夏に書いたぐだぐだ話・その2●
「リンク、お前って」
と言って笑おうとして、上手くゆかなかった。
きっと違う。あれから何年経ったと思ってるんだ。きっと私の知らないリンクを知ってる女がどこかにいる筈。
そう思うと胸の底がちりちりと妙な具合に疼いた。
リンクの手が己の頬に触れた。軽く触れてるだけなのにこんなに熱く感じるのは彼の体温なのかそれとも己の体温なのか。
「ミドナは?」
苦笑いして、気まずそうなこの言い方。あの時とは違う。
「そんな暇あったと思うか?」
つい言葉がとげとげしくなって睨みつけてしまいそうになったが、その激しさも己に向けられる彼の青い瞳に宥められてしまうのを感じた。
「…あのさ」
「何?」
「…何年か振りなんだぞ?私が私で…王女なんかじゃなくてただの私に戻れるのって…」
言いながら彼の胸にもたれかかると、彼の腕が背中に回った。