シリアスED後話(未完)

 それからの毎日は今まで旅した道をそのまま辿る旅だった。
 ミドナが言ったことをそのまま信じれば影の世界の歴史の始まりはハイラルの歴史と繋がるはずで、それならば影の世界そのものについても一番子細に調べがつくのは王都のハイラル城でだろうと察しはついた。ゼルダに請えば史書の一つや二つ閲覧することも可能だろうが何の目的でと尋ねられるだろうしその理由は正々堂々と言って通ることではないような気がした。それに何よりハイラルには知人が-どちらかと言えば口やかましい、村を出てきたと知ればそれをどうしてだと尋ねるような種類の知人も-多少居る。なので王都へ行くのは一番最後の手段だと考えとりあえず足を向けることは避け、行く先々で教えを請う日々が始まった。

 ある時はリンクはカカリコ村の教会にいた。
 「…ですがリンクさん、トアル村から手紙が届いています。あなたが寄ることがあれば連絡を寄越すようにとのことですが…あなたのことを心配している人を安心させるのが先ではないのですか」
 夜更けの教会で、何事かと起きてきたルダを下がらせるとレナードは気遣わしげに言った。
 「…僕は」
 正面きって説得しようというわけではなく納得させようとしているのだろう牧師の黒い瞳をまっすぐに見据えるとリンクは答えた。
 「僕は今までずっと他の人の為にと思って色々なことをしてきました。だからわがままだとは思いますが今度は自分の為に自分のしたいことをやってみたいんです」
 「…そしてそれはあなた周りの人達よりも優先したいことだと?」
 頷くと、レナードは軽く目を瞑った。
 「…わかりました。生憎と私は浅学の身ですのでリンクさんの求めているものかどうかはわかりませんが…この教会にもいくつか歴史のある古書がありますのでご自由にご覧になって下さい。トアル村に訊かれたらリンクさんは来ていないと答えましょう」

 ある時はデスマウンテンのゴロンの集落にいた。
 「いいねえ兄弟、俺も昔方々の山を巡って武者修行してよ、行く先の奴らと相撲に明け暮れたりドドンゴとどつきあいしたりしたもんよ。男は若いウチはそやって世界を見て回らないといけねえぜ」
 話し合う前にまず一勝負だと挑んできたダルボスを軽くいなすとそのまま宴になり、その席で集落を訪れた理由を話すとダルボスはリンクの背中をどやしつけた。
 勿論彼らは人間とは流儀が違うのだがそのからからとした単純さがあっけなく思えて、リンクは思わず尋ねた。
 「どうしてそんなものをって聞かないのダルボス?」
 「ああん?」
 またダルボスの石柱のような腕が遠慮無しに背中を直撃したので悲鳴を堪えるのが大変だった。
 「誰にだって事情ってのがあんだろが?ましてや男だったらよ。お前がそういう知恵を手に入れてあれこれ悪さをする奴じゃねえってのはここにいる皆が知ってることだ。俺らの歴史は一説によれば人間よりも古いとも言われてんだ、お前の役に立てられるものがあるかもしれねえぞ。遠慮無く見てけ」

 ある時はゾーラの里にいた。
 「…そうですか、ご存知のように私たちは水の種族ですので様々な記録は書いて記すのではなく口伝という形を取っています。歴史に詳しい語り部を呼びにやりますので」
 里の玉座の前で膝を折りかけるとそれを止めてラルスは言った。
 ラルスが二言三言近衛に指図すると近衛は頷いて滝壺を下っていった。
 「どうもありがとう」
 「いえ私たちでお役に立てることでしたら何なりと仰って下さい。リンクさんはまた随分と困難な旅をしてらっしゃるのですね」
 自分よりずっと年下のゾーラの王の洞察にリンクは何も言い返すことはできなかった。けれどラルスの言葉にも表情にも非難めいた彩りは一切なく、ただ微笑んだだけだった。
 「リンクさんに偉大な魚神の加護がありますように」

 そしてまたある時はゲルド砂漠の果てにいた。
 砂漠の処刑場を指して進んでいた時は知る機会もなかったがそれまで読んで聞いてきたものには砂漠の部族の記録があった。代々女しか産まれないという不思議の部族。極々稀に産まれた男は族長となる定めでありそれがあのガノンドロフだという。
 以前は砂漠に大規模な砦を構えていたこともあるらしいが現在は生活の容易な平野に移って混血したりその末裔が砂漠の方々に小さな集落を持つのみという話を元に訪れてみれば、そこに居たのは一風変わった赤い髪と日に焼けた肌の女達だった。
 「さあね一族の中からとんでもないのが出たからってそいつの島流しの先を知ってなきゃいけないなんてこたないだろ?」
 日干しの煉瓦を積み重ねて作った粗末な家の中、その集落の長は寝そべり水煙管をふかしながら言った。
 それももっともな話だとこれ以上の話も無駄かと礼を言って辞しかけると呼び止められた。
 「時にあんた」
 「はい?」
 長は煙管を放し立ち上がるとリンクを頭のてっぺんからつま先までをじっと見た。まるで家畜の品定めでもするような目つきだった。
 「よくよく見たらいい男じゃないか。あんたも調べてここに来たならあたしたちのことは知ってるだろ?あたしらのとこからは女しか産まれないから他所から種を貰ってくるんだよ。どう?」
 冗談なのか本気なのか、くすくす笑いながら両腕を肩にかけしなだれかかってくると周りに控えていた女達が一斉にはやしたてた。強引に突き飛ばすこともできずリンクは慌てて首を振った。それには全くお構いなしに顔を間近に寄せ、唇が近づいてくるとふっと笑いが途切れた。
 「あらやだあんた女の匂いがするじゃないか。何も知らないような顔してもうお手つきかいつまんないね」
 何の事かわからないでいると長は体を離した。先に立って家を出ると腕をまっすぐに伸ばして砂漠の彼方を指し示す。砂煙の向こうにぼんやりとそびえている山々を。
 「いいかいあんたがなんだってそんなもん探してるんだか、その理由はどうでもいいけどこのハイラルを探し尽くしたってのならあの四方を囲んでる山を越えてごらん?世界ってのは広いんだよ、坊や」