ミドナは手桶に湯を掬い取った。
背中越しの手拭いを浸す気配にリンクは俯いたまま重々しく口を開いた。
「いくらなんでも不味いんじゃ」
「細かいこと気にするなよ…毎日この世界の為に奔走してる奴を姫君自ら労ってやろうってのに」
がしがしと石鹸を泡立てる音がしてしばし、何者かに背中に寄りかかられてリンクは思わず息を詰めた。
何者か、等と言ってもこの状況では己の他は一人だけ。
「ちょっとミドナ、何して!?」
「だから、洗ってやるって」
手拭いとは全く異質な、柔らかでいてしっかりと重みを持ったものが石鹸の滑りに助けられて己の背をゆっくりと移動する。肩甲骨に、背筋に触れるこれは-そして背後から回された彼女の腕が触れようとしているのは-
「…っわ!」
その感覚に絡め取られたように思考停止したのも束の間、リンクは背面のものから体をもぎ離して振り返り、当然のようにミドナと向き合う羽目になった。
「…何だよ急に?」
心外だという顔をするミドナの肩に、濡れ髪が体に纏わりつく様がなんとも艶っぽいとかそもそも素裸だから全部見えてるとかいやそれは己も同じだとか服着てるときから思ってたけど細身の割に胸が大きいんだやっぱりとかそういうことを全てとりあえず脇において手を置いた。
「ミドナ、もっと自分は大事にしないと」
思いっきり笑われました。
間に合わせで腰に手ぬぐいを巻くと喉を震わすミドナに声をかけた。
「…そんなにおかしい?」
「だって私がリンク相手に何を大事にするって言うんだよ今更。毎日毎日一緒に寝起きしてたからリンクの体にある痣の場所だって知ってるってのに」
「だからそういう人に聞かれたら誤解されるようなことを」
それはミドナが一方的に知ってることです。
しかし笑いが次第に収まると、ミドナは真顔になってひたと己を見据えた。
「…でもさ」
「でも?」
「…そりゃ色々好みがあるとは思うけど…私ってそんなに魅力ない…か?その、女として」
濡れた石の床にべた座りして片腕で胸を覆い、もう片腕を座る脚の間に差し挟むミドナの髪の先から雫が滴る。
あまりにも唐突、しかし何やら気まずい雰囲気に頭がぐらぐらするのを感じたが長い旅の最中に得たのは背の丈だけじゃない、慌てて首を振った。
「ミドナを見たらハイラルを作った三柱の女神様も裸足で逃げ出す」
実際、その一糸纏わず座る様は時も場所も立場をもわきまえず心の枷なんぞ外してしまえと挑発でもしているかのようだ。
「じゃあどうしてだよ?」
「え?」
「小鬼の時にはあれだけ遠慮無しに触ってたってのにこっちに来た途端髪一筋触れないってどういう了見だ!?」
じわじわとミドナの赤い瞳の端に涙が溜まる。
どうやら彼女の突飛な行動も何も、これが理由かとそろそろ冷えてきた体と頭とでリンクは悟った。