シャープペンが紙の上を滑るかりかりという音がしばらく場を満たしていたけれど、壁の掛け時計の秒針が11をさすと不意にカウントダウンの声が上がった。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「ぶっは、終わったー!!」
「お疲れ」
「お疲れ様ー」
伸びをしたりノートと問題集を勢いよく閉じたりあるいはふにゃふにゃとノートの上に突っ伏したり思い思いに脱力したのもわずかな間で、三人は笑うと軽くハイタッチしあった。
到着してさあ遊ぼうぜとすぐさま飛び出しそうな勢いで言ったのは宗親だった。でも遊んで疲れて帰って来たらきっと勉強してる時間は取れないよとリアルに指摘したのは高柳だった。一時間位で済ませておく?と折衷案を出したのは晶乃だった。
まだちょっとラボとのやりとりがあるからごめんねとノートパソコンを脇に部屋に引っ込んでしまった総一郎を置いておいて、リビングのテーブルに三人でめいめい持ってきた色々を広げたのが一時間前。
「やっぱり目の前に海って人参がぶら下がってると気合の入り具合が違うよな、うん」
凝ったらしい首と肩をあちこち動かしながら宗親は言った。
「杉田は現金過ぎだってば。筆圧高くてうるさかったよ」
テーブルの上に散った消しゴムカスを丁寧に集めて捨てると高柳は冷静に突っ込んだ。
「ら、そうだった?誰も何も言わないで延々黙々やってるから俺も負けちゃいかんなーって思ってたんだけど」
「そう。朝倉もうるさくなかった?」
「私は音のことまで気にしてなかったから。自分ので目一杯」
晶乃が答えると宗親と高柳は目配せした。宗親が口を開く。
「あのな朝倉」
「何?」
「俺らはもう箱実で三度目の夏だし箱実は色んなとこから来てる奴らの寄り集まりだから夏の間音信不通になったりする奴は珍しくないって知ってっけどさ」
「はい」
高柳が後を引き取った。
「僕たちはなんだかんだでラボですることがあって寮も居残ってるし、朝倉も自宅が近いのに夏休みになってからぱたっと連絡途絶えて総一郎さんとは頻繁に顔合わすのにおかしな感じだよねって言ってたんだ。だからちょっと声かけてみようかって話してたんだよ」
「そうそうそこへ総一郎さんから誘ってもらったから。生きて歩いてんの見て安心した」
なあ?と頷きあう二人を前に晶乃は苦笑いした。
「…何だか最近皆にそう言われてるの私。引きこもり過ぎだって。幽霊扱いされないようにもうちょっと積極的に外出てみる」
「おう、今日は遊び倒してオーバーフローするまで充電しようなー」
「じゃあそろそろ着替えてきまーす」
「ホールで待ってるからね」
ノートと参考書をまとめると手を振って、それからソファの方を見て笑って晶乃はリビングを出て行った。その気配が消えてしまうと宗親が口を開く。
「さてと、見事にあてが外れたところで俺らも着替える?」
「だね。で、どうしよう。二人とも起こす?」
高柳はソファを指差した。
宗親の弟の正剛とそのルームメイトの北川は到着した時は空元気ぽくはしゃいでいたものの今や疲労困憊という体でソファに揃って沈没していた。眠りは深いようで宗親が弟を軽くつついてみても反応が無い。
ラボに二人でいるところにこういう場所があるんだけどと最初に声をかけてきたのは総一郎だった。部屋数はあるんだし賑やかな方が楽しいだろう?正剛くんも良かったら、と。イザンも誘っていい?と正剛が答えてわーボクずっと寮なんで嬉しいですご一緒させていただいてもいいんですかーと加わったのが北川だった。
「…何だか最近仲いいよね、二人共」
「なー。何だって、昨夜新しいマシン構って徹夜だったって?その位でだらしがねえの」
「でも良かったじゃない?北川とそういうこと付き合ってくれる位の友達になれたのって。一年の時のこと考えれば」
イヅナの騒動を経て内なる嵐が落ち着いたのか、正剛は一年生の頃の荒れっぷりからするとすっかりいい子ちゃんになり実の兄と心情的兄はあいつもちょっとは大人になったんだねえとほっとしてたところだった。どうやらそれには一年生の終わり頃に転入してきて正剛のルームメイトになった人間が関係あるらしいというのは程なくわかった。端から見ると何だかつかみどころの無い奴だけどそれはそれで馬が合うらしい。
北川はまた、突然の厄災のように転校してきて間もなかった晶乃と仲良くなってしまった人間でもあるけどこの二人は学園内で成立したおつきあいで時々あるようにのぼせて幸せを撒き散らしすぎて周囲の顰蹙を買うようなことはしておらず、気がつけばなんとなくそれとなく一緒にいて話しているような感じだったしお互い以外との関係をシャットアウトするようなこともなかったのでいちゃもんのつけようもなかった。
「そりゃギザギザハートで誰も寄るな触るなーってやってるよりマシだけどな。だけどお袋は嘆いてんぜ、受験生のチカちゃんはともかくマーくんまで友達と遊ぶのが楽しくて夏休みなのに帰ってきてくれない!って。いいなーって思ってた子と弟と両方ぶん獲られちゃってお兄ちゃんもどうしたらいいんだか」
よよよと宗親はうそ泣きしてみせた。
「正剛くんが友達を選ぶのも朝倉が彼氏を選ぶのも自由意志だから。性格と性別の異なる二人の人間が同じ母集団の中から任意の一つを選んで合致する確率からすると凄いことになってそうだけど」
「ねえ肯くん、将来自分の娘をお嫁に出すときってこういう気分になるのかしら」
「もう変な雰囲気醸してないで着替えて行くよっ」
絡む宗親を高柳は邪険に振り払った。