2019.11.13 10:54
続き
「…アイナ?」
格納庫から庁舎へ繋がる通路の方から声をかけられて埃だらけのコンソールを拭う手を止めた。
「なんだリオ?どうかしたの?」
跳ね上げたハッチの隙間から声をかけると、スカイミスを照らすライトの眩しさに一瞬目をすがめたリオは怪訝な顔をしてピットに入ってきた。
「別にどうもしてない。ガロがさっき出て行ってしまって連絡を待ってるけどなかなか来ないしアイナはいつの間にかいなくなってるしで何をしてるのかと思って」
リオは耳にかけたインカムを触ってみせた。
「あああの通報ね。あの人迷惑通報の常連なの。行ってちょっとだけ話してあげるとしばらくは通報してこないから通報があったら当番の中で一番怖い顔してる人が出ることにしてるんだ。基本いい人だけに優しくしすぎるとやっかいだから」
「怖い顔」
ふ、とリオの頬が緩む。
「ガロじゃ迫力不足でしょ?だから時間がかかってるのよ。でもちゃんと帰ってくると思うから大丈夫」
「そうか。…それでアイナはこんな時間なのに何を?」
リオは首を傾げた。
「昼間はばたばたしててスカイミスを構ってる暇なくて。業務で使うものは汚れたらその日のうちにきれいにしておくのが基本なの。特にスカイミスは替りのない機体だし」
コクピットから降りると機体を軽く指先で触った。少し荒い砂のようなものが薄く積もっていて触った跡ができる。
マッドバーニッシュの関連する火災がなくなってしまってから以前よりスカイミスの活躍する機会も減っているとはいえゼロになったわけではなく。
今日は町はずれの立ち入り禁止になっている大炎上以前から建っていた高層の廃ビルに侵入して遊んでたお馬鹿さんを救助する為にスカイミスを飛ばした。どんな遊び方をしてたのかは知らないけど屋上に上がって下りようとしたらそのわずかな間に階段が崩落してしまって下りられなくなったらしい。
もちろんただ救助しましたってだけの話じゃなくて通報があってから最適な救助手段の検討があって、スカイミスを出そうという話があって、脆くなってる建物の屋上にスカイミスの重量が耐えられるのかって検討があって、万が一耐えられなかった場合は救助対象者はどうなるどうするってシミュレーションがあって、救助した後は建造物不法侵入の関連で警察とも連絡があって、…とにかくそんなこんなで昼間はばたばたしていた。
「でも後はざっと水洗いしたらおしまい」
「それなら僕も手伝う。二人でなら半分の時間で済むだろう。何をしたらいい?」
「ありがとう。じゃあ向こうにホースがあるから引っ張ってきて。でこぼこがあって洗い辛いからブラシは私がする」
「わかった」
リオが踵を返してホースを取りに行く間にハッチを締め、壁際に立てかけてあった脚立とブラシを手に取った。リオが小走りに戻ってくると脚立を広げて足をかける。
「…なるべくてっぺんから水をかけるようにしてね。そうした方が効率いいから」
頷くとリオはホースを構える角度を変えた。被っていた薄い膜が落ちるように砂が機体の斜面を流れてゆく。
「備品の手入れも大変だ。出動する度にいつもこうしてるのか」
「そうだよ」
機体の窪んだ場所に溜った砂を除ける為に体を乗り出すとブラシを動かした。
「救助対象者にえーこんなのに乗って大丈夫なのとか嫌だなって思わせちゃったらこっちの負けだしね。ファーストクラス並みの乗り心地は無理にしても」
またリオの頬が緩む。ここに配属された本当に最初の頃は堅くて石みたいな子だと思ってたけど普通にこういう表情も出せるらしい。よかった。
「もちろん外見だけじゃなくて狭い場所で警告が出てもちゃんと切り返して着地できるとかコンテナにぎりぎりの人数載せてもいけるとかそういう自信は私が持たないといけないから整備も点検もできることは自分でするんだ。電子制御の方はルチアにお任せになっちゃってるけど」
「…前に実習でスカイミスはほんの少し触らせてもらった。かわいがって貰ってるやつだとは思ったけどアイナがしてたのか」
「あ、リオってそういうのわかる人?嬉しい」
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